『Tシャツが乾くまで』の松山ケンイチが印象に残る最大の理由は、瀬尾充を善人にも悪人にも固定せず、矛盾した一人の人間として演じているからです。
第1話の穏やかな夫から、第4話の電話、第6話の帰還、第7話の告白、第8話の「妻を知らなかった夫」への反転まで追うと、表情・声・間・相手との距離感まで少しずつ変化していることが見えてきます。
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『Tシャツが乾くまで』松山ケンイチは何役?瀬尾充とはどんな人物?
松山ケンイチが演じるのは、蒼井優演じる主人公・瀬尾咲子の夫、瀬尾充(せお・みつる)です。
TBS公式のキャスト情報では、咲子を蒼井優、園田樹生を中島歩、矢野直人を高橋文哉、園田あずさを夏帆、そして瀬尾充を松山ケンイチが演じています。脚本は生方美久、演出は土井裕泰、塚本連平、小牧桜、主題歌はスピッツ「見知らぬ糸」です。TBSテレビ
充は喫茶店「ひこうき」のオーナー。
放送前のTBS発表では、人との距離を自然に縮める“無自覚な人たらし男”として紹介されていました。
ところが物語が始まると、その「誰とでも仲良くなれる」という性格が、単純な長所ではないことが分かってきます。
ある夏の日、二組の夫婦が事故に巻き込まれ、それまで当たり前だと思っていた日常が崩壊。事故を境に、咲子の夫・充は行方不明になり、同じバスに乗っていたあずさは亡くなります。第1話から物語の中心に置かれるのが、二人が毎月“第3金曜日”に会っていたという秘密でした。TBSテレビ
ここで僕が面白いと思ったのは、松山ケンイチが充を最初から「何かを隠している怪しい男」に見せなかったことです。
咲子といる充は自然で、穏やかで、妻を大事にしているように見える。
笑顔の裏に露骨な不穏さを忍ばせたり、いかにも秘密がありますという視線を見せたりしない。
だから後になって疑惑が浮上したとき、視聴者は困ります。
「あの優しさまで嘘だったのか」と簡単に整理できないからです。
松山本人もインタビューで、充について「どんな人とも仲良くなれる社交性」を持つ一方、その社交性や優しさが、自分の中にある別の部分を隠すことにもつながっていると捉えたことを明かしています。RBB TODAY+1
つまり、優しい充は偽物ではない。
しかし、それだけが充でもない。
優しい人だから秘密を持たない、という僕たちの思い込みを第1話から静かに崩していた。
ここが、松山ケンイチの芝居を追ううえで最初の重要なポイントです。

第1話~第8話で松山ケンイチの演技はどう変わった?
第1話から第8話までを見ると、充の立場は大きく三段階に変化しています。
「思い出の中の夫」→「説明を求められる当事者」→「妻を理解できていなかった夫」です。
この変化に合わせて、松山ケンイチの芝居も「何を隠しているのか分からない静けさ」から「格好悪さをさらす芝居」へ移っていきます。
話数 充をめぐる主な展開 僕が注目した演技
第1話 事故後、充が行方不明になる 回想の穏やかさに不自然な“怪しさ”を足さない
第2話 樹生が充とあずさの第3金曜日を目撃したと語る 疑惑が生まれても過去の充の柔らかさを壊さない
第3話 咲子と樹生が二人の足取りを追う 不在なのに回想の充が人物像を決め切らせない
第4話 事故直前にバスを降りていたと判明。充から電話 短い「ごめんね」に説明し切れない感情を残す
第5話 咲子が長野県の住所を追い、事故から約1年が経過 本人不在でも過去の表情や言葉が“残像”として効く
第6話 充が突然帰還 感動の帰宅ではなく、居心地の悪い当事者として立つ
第7話 第3金曜日と失踪について語る 大人の格好よさを外し、幼さや自己矛盾をさらす
第8話 消えた咲子を捜し、知らない妻について尋ねる 「知られる側」から「知らない側」へ表情の意味が反転
第1話|「いい夫」に見せ切ったから、その後が怖い
第1話で重要なのは、充が行方不明になること以上に、行方不明になる前の充が普通に幸福そうに見えることです。
事故によって日常が突然崩れ、第3金曜日の秘密が浮かび上がるという構造だからこそ、前半で充を怪しく演じすぎればミステリーの答えを先に見せることになります。TBS公式も、第1話を事故によって二組の夫婦の日常と“第3金曜日の秘密”が露出する始まりとして紹介しています。TBSテレビ
僕には松山ケンイチが、ここで「伏線を演じよう」としすぎていないように見えました。
後から振り返ったときに意味が変わる芝居です。
最初はただの笑顔。
しかし充の秘密を知ったあとでは、「このとき何を考えていたんだろう」と同じ笑顔を見返したくなる。
良いミステリーの芝居には、初見と二度目で意味が変わる瞬間があります。
充の前半には、それがあるんです。
第2話|疑われ始めても「悪い顔」を追加しない
第2話では、樹生が以前目撃した充とあずさの“第3金曜日”について咲子に話します。
咲子は夫を信じようとしながらも、「自分には言えない不満があったのではないか」という不安を抱え、樹生とともに事故前の二人を調べ始めます。TBSテレビ
この段階で物語側は充を疑わせている。
それでも回想の充まで急に疑わしくならないところが大事です。
もし視線を必要以上に泳がせたり、笑顔の直後に意味深な表情を差し込んだりすれば、「やっぱり何かある」と答えが一方向へ傾きます。
僕が受け取った松山の芝居は逆でした。
物語は疑わせる。でも俳優は断定させない。
この二重構造が、充を単なるミステリーの容疑者ではなく、一人の夫として残しています。
第3話|画面にいない時間まで充の存在感が続く
第3話では、咲子と樹生が、充とあずさがなぜ第3金曜日に会っていたのか、事故の日になぜ同じバスへ乗ったのかを追います。
二人はバスが立ち寄ったサービスエリアまで足跡をたどりますが、真相は簡単には見えてきません。TBSテレビ
ここで面白いのは、充本人の説明がないことです。
なのに、存在感は薄れない。
第1~2話までに松山ケンイチが残した笑顔、声、妻との距離感が、本人不在の現在パートで何度も「証拠」のように思い返されるからです。
俳優の芝居は、出演している瞬間だけで完結するものではありません。
前の場面でどう笑ったか。
どんな温度で妻に接していたか。
その記憶が次の回まで持ち越される。
僕は第3話で、「不在を成立させるためには、不在になる前の存在感が必要なんだ」と感じました。
第4話|「ごめんね」を説明しすぎない声
第4話で、充は事故直前にバスを降りていたことが判明します。
さらに喫茶「ひこうき」に充から電話が入り、咲子は彼の「ごめんね」という言葉から、すぐには自分のもとへ帰るつもりがないことを悟ります。TBSテレビ
ここは松山ケンイチの芝居を語るうえで、僕が外せない場面です。
たった一言なのに、意味が一つではありません。
心配させたことへの謝罪なのか。
消えることへの謝罪なのか。
妻を愛しているのに帰らない自分への後ろめたさなのか。
あるいは、それら全部なのか。
僕には、感情を大きく決め切るのではなく、言葉の後ろに余白を残しているように聞こえました。
怒鳴るより、小さな一言のほうが残酷なことがあります。
相手が答えを補わなければならなくなるからです。
僕はここで、松山ケンイチは「台詞を説明する」より「台詞の外側を残す」ことがうまい俳優だと改めて感じました。

第5話|姿が見えなくても「充だったら」と考えさせる
第5話では、咲子が充のスマートフォンに残されていた長野県の住所を訪ねます。
そして時間は進み、事故からもうすぐ一年。咲子と樹生は互いの家で食事をし、毎週コインランドリーで洗濯をするほど、心を許せる関係になっていました。TBSテレビ
この回での充は、直接的な出番以上に「不在」が重要です。
咲子が何かを知るたびに、視聴者の中にある過去の充が更新されていく。
「優しかったのに」
「本当に妻を愛していたように見えたのに」
「だったら、なぜ帰らないのか」
この疑問を一年近く持続させられるのは、第1話から松山が充を単純な嘘つきとして演じていないからでしょう。
存在しない人物について、視聴者がここまで考え続ける。
第5話は、松山ケンイチの“出ていない時間の演技”が最も効いた回だったと僕は思います。
第6話|帰還なのに「おかえり」と言いたくならない
そして2026年8月14日放送の第6話。
ここで充が突然、咲子のもとへ帰ってきます。
TBS公式あらすじでも、咲子、樹生、充が初めて三人で顔を合わせ、充の口からこの一年について少しずつ語られていく回と説明されています。TBSテレビ+1
この帰還を、松山ケンイチは「感動の再会」に寄せません。
僕には、家へ戻ってきた夫というより、自分が起こしたことの説明席へ座らされる男に見えました。
帰ったのだから安心。
無事だったのだから良かった。
そんな感情へ簡単に着地させない。
そこに充の姿勢の変化があります。
前半の回想では、人との間に自然に入っていけた充が、帰還後は「自分はここにいていいのか」という居心地の悪さまで背負っているように見える。
帰るという行為は、時間を巻き戻すことではありません。
一年という距離を走ってしまった夫婦は、同じ家へ戻っても、同じ地点には戻れない。
ステアリングを逆に切ったからといって、人生の道まで元通りになるわけではないのです。
第7話で充の言動・価値観が賛否を呼んだのはなぜ?
第7話は、瀬尾充という人物の評価が最も大きく割れた回です。
2026年8月21日放送の第7話では、あずさとの関係を“不倫”と定義されることに納得できない充が、咲子と樹生へ問い返し、そのうえであずさとの“第3金曜日の真実”を語り始めます。TBSテレビ+1
大切なのは、「松山ケンイチの演技が賛否を呼んだ」と混同しないことです。
議論になった中心は、充という人物の言動や価値観、そして充とあずさの関係をどう捉えるかでした。
充には、昔から自分を知る人や日常から離れ、誰も自分を知らない場所へ逃げたくなる部分がある。
そしてあずさは、家庭を大切にすることと、そこから一時的に離れたくなることを単純な善悪で裁かない相手だった。
松山自身もインタビューで、あずさは充にとって「嫌われてもいいし、全部話せる」と思える安心感を持った人物だと説明しています。また、夏帆自身にも「この人なら何でも話していい」と思わせるものを感じたと語っています。TV LIFE web+1
この関係を知ったとき、僕の胸に残ったのは一つの矛盾でした。
大切ではないから本音を言える人と、大切すぎて本音を言えない人がいる。
咲子は、充にとって後者だったのでしょう。
嫌われたくない。
傷つけたくない。
だから言わない。
でも咲子から見れば、それは「私はあなたの本当の部分を預けてもらえなかった」という痛みに変わります。
愛ゆえの秘密が、愛される側を傷つける。
ここが、このドラマの簡単には答えが出ないところです。
第7話の松山ケンイチは、なぜ急に“格好悪く”見えるのか
この回の演技を読み解く鍵になるのが、演出・土井裕泰の言葉です。
松山は充の後半をどう演じるか考えていた際、土井から「充ってかっこ悪くていいんじゃないかな」という趣旨の助言を受け、それが役作りのヒントになったと明かしています。Real Sound|リアルサウンド+1
松山はそこから、「大人」「夫」としてこう振る舞うべきだという枠を外していったと説明しています。
だから後半の充は泣く。
余計なところまで話してしまう。
自分を有利に見せる説明だけを選ばない。
松山は、そこに「子どものまま大人になってしまった部分」を出そうとしたと語っています。Real Sound|リアルサウンド
僕は、この方針が第7話を決定的に面白くしたと思います。
一般的なドラマなら、長く謎だった人物が真相を語る回は、その人の事情を知って「なるほど、そうだったのか」と腑に落ちる構造になりやすい。
ところが充は違う。
説明を聞けば聞くほど、
「気持ちは少し分かる」
「でも咲子にはひどい」
「本人には本人の事情がある」
「それでも一年消えるのは違う」
と、視聴者の感情が行ったり来たりする。
松山は真相説明の回なのに、充を“理解済みの人物”にしなかったんです。

作品への注目度も終盤に向けて上がっています。
8月30日に報じられた無料配信実績では、第7話が放送後1週間で433万再生を突破。第6話の407万再生を上回り、累計再生数も2980万回を超えています。第1話347万、第2話367万、第3話393万、第5話397万、第6話407万、第7話433万と、ほぼ回を追うごとに伸びている点も特徴的です。オリコンニュース(ORICON NEWS)+1
この数字だけで充への評価を語ることはできません。
ただ、答えが見え始めた終盤でも視聴者の関心が落ちず、むしろ高まっていることは分かります。
謎を解いたら終わりではない。
真実が判明してから「あなたはどう思う?」と視聴者へ問い返してくる。
『Tシャツが乾くまで』の強さは、そこにあるのでしょう。
なぜ松山ケンイチの演技が凄い?5つの技法から考察
僕が第1話から第8話まで見て、松山ケンイチの芝居に特に強さを感じるポイントは5つあります。
1.最初から秘密を「演技でバラさない」
最大の技法は、前半で充を怪しく見せすぎなかったことです。
普通に笑い、普通に妻と暮らし、人と自然に関わる。
だから第3金曜日や失踪の事情が浮かび上がっても、「最初から全部嘘だった」と処理できません。
サスペンス作品では、怪しい人物ほど怪しく演じないほうが怖い場合があります。
充はまさにそのタイプでした。
2.一つの台詞に一つの意味を固定しない
松山自身、生方美久の脚本について、一つの台詞でも充側と咲子側では違った意味になり得ると感じ、演じる側も人物がどんなつもりで話しているのか考え続けたと語っています。RBB TODAY
第4話の「ごめんね」が象徴的です。
言葉そのものは簡単。
しかし受け取る側が変わると意味も変わる。
充としては愛情かもしれない。
咲子には別れの言葉に聞こえるかもしれない。
このズレを松山は埋めすぎない。
だから視聴者も、咲子と同じように言葉の意味を考えることになります。
3.「大人の夫」を脱いでいく
前半の充には、人付き合いのうまい大人としての表面があります。
ところが第6話以降、その整った外側が剥がれていく。
第7話になると、理性的な説明だけではなく、幼さや寂しさ、自己中心的な部分まで見えてくる。
これはキャラクターが突然変わったのではない。
隠していた部分が表へ出てきた。
松山の「大人や夫という枠を取っ払う」という役作りを知ると、この変化には一本の線が通っています。Real Sound|リアルサウンド
4.蒼井優と夏帆の前で「同じ充なのに違って見える」
僕が特に好きなのが、ここです。
咲子の前では、充は夫です。
大切だから嫌われたくない。
傷つけたくない。
だから言葉を選ぶ。
一方、あずさには「嫌われてもいい」という安心がある。
松山自身も、あずさは充が全部を話せる相手だと捉えています。TV LIFE web
この違いを、別人格のように派手に変えないところがいい。
咲子への笑顔も本当。
あずさへの安心も本当。
どちらかが芝居の中の芝居ではありません。
僕には、相手役との間に流れる緊張の濃さだけが少し変わって見えます。
人間は、誰の前でも同じ自分ではない。
会社での自分。
家族の前の自分。
昔からの友人にだけ見せる自分。
全部自分なのに、少しずつ違います。
松山の充は、その現実に近いんです。
5.役を好きにさせるより「考え続けさせる」
これは一番重要かもしれません。
充の行動を好きになれない視聴者はいるでしょう。
僕だって、咲子の立場なら簡単には受け入れられないと思います。
でも「もうどうでもいい」とはならない。
なぜ逃げたのか。
なぜ咲子には言えなかったのか。
なぜあずさには話せたのか。
本人は自分の身勝手さをどこまで分かっているのか。
次々に考えたくなる。
俳優にとって、好感度の高い人物を魅力的に見せることだけが成功ではありません。
共感できない人物を、もっと知りたいと思わせること。
僕は今回の松山ケンイチに、その強さを感じています。
第8話で充は「知られる側」から「妻を知らない側」へどう反転した?
2026年8月28日放送の第8話「逃避と詮索」では、物語の向きが大きく反転しました。
第7話で充とあずさの“第3金曜日の真実”を知った咲子は家を飛び出します。
翌日になっても咲子が戻らないため、充は喫茶「ひこうき」に樹生、千鶴、宮内を集め、自分の知らない咲子について教えてほしいと頼みます。TBSテレビ+1
僕はここが、第8話における松山ケンイチの最大の見せ場だと思いました。
第1~7話まで、充はずっと「知られる人」でした。
咲子が知らなかった充。
樹生が疑っていた充。
視聴者が正体を知ろうとしていた充。
それが第8話では逆になります。
今度は充が、
「咲子って、どんな人だったんだろう」
と考える。
自分は妻を知っていると思っていた。
しかし周囲の人間の話を聞くと、自分の知らない顔がいくつも出てくる。
このとき充が味わう不安は、第1~7話まで咲子が味わってきたものとよく似ています。
「自分の知らない場所で、愛する人はどんな顔をしていたのだろう」
夫婦の立場が、ようやく同じ地点まで回ってきたんです。
僕には第8話の充が、第7話までより少し小さく見えました。
それは弱々しいという意味ではありません。
これまで自分の事情を説明することで世界を見ていた人が、初めて「自分には分からない相手の事情」の前に立たされたからです。
自分には秘密を持つ理由がある。
でも妻が秘密を持っていたら怖い。
自分は姿を消した。
でも妻が姿を消すと心配で仕方がない。
この非対称さは、とても人間的です。
僕たちは自分が逃げるときには「必要な時間だった」と説明し、相手が離れていくと「どうして」と問いかける。
自分の沈黙には事情があり、相手の沈黙には不安を感じる。
充は特殊な男であると同時に、僕たちの中にもある身勝手さを拡大した人物なのかもしれません。

第8話ラストでは井ノ原快彦が篤彦役でサプライズ登場しました。
井ノ原がTBSの連続ドラマに出演するのは、1998年の『Sweet Season』以来、約28年ぶり。篤彦は、海辺の街を訪れた咲子の過去と関わる重要人物として第9話へつながります。オリコンニュース(ORICON NEWS)+1
TBS公式によれば、9月4日放送予定の第9話では、充たちが喫茶「ひこうき」で咲子の人物像や行き先について話し、千鶴から「飽き性で新しい物好き、切り替えが早い」という、充と出会う前の咲子像を聞かされます。
その姿が自分の知る妻とあまりにも違うため、充は引っ掛かりを覚える。そして咲子が抱えていた大きな“秘密”が明らかになることも公式に予告されています。TBSテレビ
ここから先、僕が見たいのは「妻にも秘密があった」と知った充が何をするかです。
怒るのか。
戸惑うのか。
自分のことを棚に上げて傷つくのか。
あるいは、自分が咲子へ与えた痛みを初めて別の角度から理解するのか。
僕の私見では、ここからの松山ケンイチには、第7話とは違う難しさが待っています。
第7話は「自分をさらけ出す芝居」でした。
第9話以降は、おそらく「他者を知ったことで自分が揺らぐ芝居」になる。
話す側から、聞く側へ。
秘密を持つ側から、秘密を突きつけられる側へ。
この反転をどう見せるのかが、終盤の大きな見どころでしょう。
松山ケンイチの演技から見える『Tシャツが乾くまで』の本当のテーマとは?
ここからは僕の考察です。
『Tシャツが乾くまで』が描いているのは、単純な「不倫なのか、不倫ではないのか」という境界線だけではないと思っています。
もっと根本にあるのは、
人は、愛する相手のどこまでを知る権利があるのか。
という問いです。
結婚したから全部話すべきなのか。
言いたくないことを持っていてはいけないのか。
家族とは別の場所に逃げ場を持つことは裏切りなのか。
肉体的な関係がなければ傷つけていないと言えるのか。
答えは一つではありません。
だから充を単純な悪人にしてしまうと、この問いそのものが消えてしまいます。
反対に、幼少期や失踪の事情を描いたからといって、充を「かわいそうだから仕方ない」と正当化してもいけない。
理解することと、許すことは別です。
ここを松山ケンイチの芝居は分けている。
僕はそこを高く評価しています。
事情を知る。
少し理解する。
でも咲子が受けた痛みは消えない。
あずさの事情を知る。
二人の関係に恋愛だけでは説明できないものがあったと分かる。
それでも残された配偶者が傷ついた事実とは別問題です。
人間は説明書のようには読めません。
「優しい人だから、こんなことはしない」
「夫婦仲が良いから、逃げたくならない」
「愛しているなら、何でも話せる」
僕たちはつい、そういうフィルターを通して人を見ます。
松山ケンイチは今回、作品を通して自分の中の“フィルター”が壊れるような瞬間があったとも語っています。まんたんウェブ+1
僕はこの言葉が、充そのものを表している気がします。
充は、僕たちが持っている「夫ならこう」「大人ならこう」という枠に収まらない。
だから不快になる。
だから腹が立つ。
でも、枠からはみ出した瞬間に初めて見える人間もいる。
松山ケンイチの今回の芝居は、充を魅力的な男へ仕上げるための芝居ではありません。
むしろ、ところどころで魅力を剥がしていく。
格好悪くする。
余計なことを言わせる。
泣かせる。
妻を愛しているのに、妻を傷つける。
人に優しいのに、一番近い人から逃げる。
矛盾を整理しない。
その結果、充は「好きなキャラクター」ではなくても、忘れにくいキャラクターになりました。
僕も昔、「言わないほうが相手のためだ」と考えて黙ったことがあります。
でも時間がたって振り返ると、それは本当に相手を守るためだったのか。
自分が嫌われたくなかっただけではないのか。
充を見ていると、そういう自分自身の小さな逃げ道まで照らされます。
ドラマの登場人物を見ていたはずなのに、いつの間にか自分の価値観を見せられている。
それこそ、生方美久の脚本と松山ケンイチの芝居がうまく噛み合っている証拠ではないでしょうか。
まとめ|松山ケンイチは充を「理解させすぎない」から凄い
『Tシャツが乾くまで』で松山ケンイチが演じている瀬尾充は、蒼井優演じる咲子の夫で、喫茶店「ひこうき」のオーナーです。
第1~3話では、事故後に姿を消した“思い出の中の夫”として存在し、第4話で事故直前にバスを降りていたことが判明。
第5話では不在のまま時間が約一年進み、第6話で突然帰還します。
そして第7話では、あずさとの第3金曜日や自分の失踪について語り、第8話では立場が逆転。今度は自分が知らなかった咲子について周囲へ尋ねる側になりました。
僕が第1話から第8話まで見て感じる松山ケンイチの強さは、充を途中で分かりやすい答えに変えなかったことです。
前半では、優しい夫を本当に優しく演じる。
疑惑が出ても、過去の笑顔を嘘には変えない。
帰還後は、格好よく事情を説明するのではなく、大人や夫という外側を脱いでいく。
そして第8話では、妻を理解していなかった自分と向き合い始める。
第1話の充と第7話の充が別人なのではありません。
同じ人間の違う部分が、順番に表へ出てきただけなんです。
優しい。
身勝手。
寂しい。
社交的。
幼い。
妻を愛している。
それでも逃げる。
一見すると相反するものを、一人の人物の中に残し続けた。
だから充は、簡単には乾かない。
ドラマのタイトルにあるTシャツのように、洗われ、回転し、形を変えながら、それでも完全には割り切れない感情を残しています。
もしかすると、この作品が乾かそうとしているのは衣服だけではないのかもしれません。
「普通の夫ならこうする」
「愛しているならこうする」
僕たちが長い時間をかけて身につけた常識も、一度洗濯機へ放り込まれている。
回転するたびに、価値観の形が少しずつ崩れる。
そして乾いたあと、以前と同じ形には戻らない。
僕の胸に残った松山ケンイチの芝居は、そんな芝居です。
共感できないのに、見届けたい。
役者が人物を好きにさせるのではなく、人物について考える時間を視聴者の中に残す。
それこそが、『Tシャツが乾くまで』で松山ケンイチが見せている演技の凄さだと、僕は思います。
よくある質問
『Tシャツが乾くまで』で松山ケンイチが演じる役は誰?
松山ケンイチが演じているのは瀬尾充です。
蒼井優演じる主人公・瀬尾咲子の夫で、喫茶店「ひこうき」のオーナー。事故を境に行方不明となり、園田あずさと毎月“第3金曜日”に会っていた秘密が物語の大きな謎になります。TBSテレビ
松山ケンイチ演じる充が帰ってくるのは第何話?
充が咲子のもとへ突然帰ってくるのは第6話です。
第5話では事故からもうすぐ一年という時間経過が描かれ、第6話で帰還。咲子、樹生、充の三人が初めて顔を合わせ、充自身の口から一年間について語られ始めます。TBSテレビ+1
『Tシャツが乾くまで』第9話で充はどうなる?
第9話は2026年9月4日放送予定です。
TBS公式あらすじでは、充は千鶴から、自分と出会う前の咲子が「飽き性で新しい物好き、切り替えが早い」人物だったと聞き、自分の知る妻との違いを気に掛けます。一方、海辺の街を訪れた咲子を通して、大きな“秘密”が明かされることが予告されています。TBSテレビ
文:岸本 湊人
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