『風、薫る』第110話は、吾郎の最期とボタンの秘密が明かされ、直美が「ただいま」と人生へ戻る第22週の最終話です。
夫を失った悲しみだけでなく、「明」という名前、何度も取れた軍服のボタン、そして最後の「ただいま」まで、第22週「明るい未来」で積み上げてきたものが一本につながりました。
なお、第110話は『風、薫る』という作品全体の最終回ではありません。 NHKは2026年3月30日から全26週・130回で放送すると案内しており、第110話の次には第111話以降が続いています。YouTube+1
観たいものが見つからない…
そんな悩みを今日で解決!『VIVANT』や『鬼滅の刃』などの話題作、
「観たいけど登録が面倒…」と諦めていませんか?
U-NEXTなら27万本以上が見放題!
さらに今なら、最新作に使える
600円分のポイントも無料でもらえます。\ リスクゼロでお試し /
✅ 31日間は追加料金一切なし
✅ スマホから3分で簡単登録・解約
⏰ 今すぐ無料体験を始める※無料キャンペーンはいつ終了するか分かりません。
『風、薫る』第22週最終回・第110話はどんな結末だった?
結論から言えば、第110話では、直美(上坂樹里)が多江(生田絵梨花)から夫・小川吾郎(甲斐翔真)の最期を聞き、形見となった軍服のボタンを縫い付けることで、初めて吾郎の死と正面から向き合います。
そして最後は、りん(見上愛)が抱いていた息子・明を受け取り、「ただいま」と告げます。
NHKオンデマンドでも第110回は第22週「明るい未来」として、2026年8月28日放送回と明記されています。公式あらすじでは、仕事に復帰しようとする直美を美津(水野美紀)が心配する一方、りんがその意志を尊重し、多江が陸軍予備病院から帰ってくるところから物語が動き出します。NHKオンデマンド
ここで最初に整理しておきたいのが、「第110話=作品全体の最終回」ではないという点です。
NHKの公式発信では『風、薫る』は2026年3月30日スタート、全26週・130回。第110話はあくまで第22週の最終話にあたり、第23週「歩々清風」は第111話から始まっています。YouTube+1
つまり今回描かれたのは、直美の人生の終着点ではありません。
むしろ僕には、吾郎と生きる人生が終わり、吾郎の記憶とともに生きる人生が始まった回に見えました。
第22週はボタン、妊娠、命名、出征が一本につながっていた
第22週「明るい未来」は、何げない夫婦の日常から始まります。
第106回では、吾郎の軍服のボタンが何度も取れかけ、裁縫が苦手な直美がそのたびに縫い付けて愚痴をこぼしていました。オリコンニュース(ORICON NEWS)
この時点では、少し不器用な新婚夫婦の微笑ましい場面に見えます。
一方、直美の体調にも変化が現れ、やがて妊娠が明らかになります。
そして第108回。出征が迫った吾郎は、生まれてくる子どもに男女どちらでも使える「明(あきら)」という名前を提案します。
その名には、直美と子どもと三人で明るく暮らしたいという願いが込められていました。Lmaga.jp+1
ところが、その直後に吾郎は出征します。
直美は戦地でボタンが取れないよう、いつも以上に丁寧に軍服へ縫い付けました。
この流れを知ったうえで第110話を見ると、脚本の配置が鮮明になります。
第106回の「取れるボタン」→第108回の「明」という名前と出征→第110回の「戻ってきたボタン」。
前半で笑いを生んだ日用品が、週の最後には夫婦の別れを受け止めるための形見へ変わる。
僕はここに、第22週の脚本の強さがあると感じました。

『風、薫る』第110話ネタバレ|吾郎はなぜ亡くなった?
吾郎は、台湾で右足の脛骨と腓骨を骨折し、広島の陸軍予備病院へ後送されたものの、すでに脚気が進行しており、その後亡くなりました。
第109話では、吾郎の帰還を待っていた直美のもとへ訃報が届きます。
吾郎が出征してから約1カ月。直美は無事に息子・明を出産し、一ノ瀬家の助けを借りながら育児を続けていました。
日清戦争が終結し、いよいよ吾郎が帰ってくる。
そう思わせた直後の知らせでした。
第110話で広島から戻った多江は、直美に「吾郎を自分が看護していた」という事実を明かします。
多江によれば、吾郎は台湾で右足を骨折して広島へ送られましたが、病院へ到着した時点ですでに脚気の症状が進んでいました。
翌日には呼吸することさえ苦しい状態となり、その夜に息を引き取ったことが描かれています。Mantan Web+1
最後まで吾郎の頭にあったのは「暮らし」だった
ここで僕の胸に強く残ったのは、吾郎の最期が軍人としての勇ましさではなく、直美との暮らしによって描かれたことでした。
吾郎が気にしていたのは、戦功でも出世でもありません。
もう直美のためにご飯を作れない。
怒られるだろうな。
そして、まだ抱いたことのない子どもの母親になった直美に会いたい。
そんな日常の言葉でした。Mantan Web+1
戦争という巨大な出来事の中に置かれても、一人の人間が最後に思うのは、案外こういう小さな生活なのかもしれません。
食卓。
台所。
小言。
服のほつれ。
一緒に迎えるはずだった朝。
吾郎の死が胸に刺さるのは、「軍人が亡くなった」からだけではありません。
直美と吾郎が当たり前に続くと思っていた生活が、途中で断ち切られたからです。
僕はこの描き方に、『風、薫る』が戦争を英雄譚ではなく、普通の暮らしを奪うものとして見つめる視点を感じました。

「戦死」だけでは説明できない吾郎の死
第109話の知らせだけでは、吾郎は台湾で負傷し、搬送先の病院で亡くなったというところまでしか分かりませんでした。
第110話で多江が語ったことで、右足の骨折に加え、直接的には進行した脚気が吾郎を追い詰めていたことが具体的になります。Mantan Web+1
この違いは大切です。
戦場で命を落とす描写だけにしなかったことで、戦争では戦闘そのものだけでなく、病気、衛生、栄養、輸送、看護といった問題が兵士の生死に直結していたことも浮かび上がります。
そして、その吾郎を最後に看護した人物が多江だった。
これは偶然の再会以上の意味を持っています。
直美自身は夫を看取れなかった。
しかし、同じ看護婦養成所で学んだ仲間が、吾郎のそばにいてくれた。
「誰かのそばにいること」を仕事に選んだ彼女たちの歩みが、最も残酷な形で直美自身へ戻ってきたのです。
僕にはそこが、第110話における「看護」というテーマの核心の一つに思えました。
軍服のボタンはなぜ何度も取れた?第110話最大の伏線を考察
第110話で明らかになった最大の秘密は、吾郎が軍服のボタンを自分で引っ張り、取れやすくしていたことです。
理由は驚くほど単純でした。
直美が文句を言いながらも真剣な顔でボタンを縫い付ける。
吾郎は、その直美を見る時間が好きだったのです。デイリースポーツ+1
第106回、第107回、第108回と、ボタンは何度も登場していました。
直美自身も「なぜこんなに取れるのか」と不思議がっていました。
視聴者にとっても、当初は夫婦の日常を描く軽い小道具だったはずです。
ところが第110話で、その意味が完全に変わります。
ボタンは「愛している」と言わない夫婦の会話だった
僕はこのボタンを、単純な「愛の象徴」とだけ呼ぶのは少し違うと思っています。
むしろこれは、吾郎と直美だけに通じる会話です。
吾郎がボタンを取る。
直美が怒る。
それでも縫う。
吾郎はその姿を見る。
またボタンが取れる。
言葉にすれば、なんともくだらないやり取りです。
でも夫婦の生活には、こういう「他人には意味の分からない習慣」があります。
愛情は必ずしも「好き」「愛している」という言葉だけで存在するわけではありません。
料理を作る。
帰りを待つ。
愚痴を言う。
服を直す。
そうした繰り返しの中に、二人だけの関係が育っていく。
吾郎にとってボタンは、直美に近くへ来てもらうための小さな口実だったのでしょう。
だから第110話で多江から返された一個のボタンには、夫婦の生活そのものが詰まっていました。

第108話と第110話で同じ裁縫の意味が反転する
特に巧いのが、第108話との対比です。
出征前の直美は、「戦地で今度こそ取れないように」と念入りに吾郎の軍服へボタンを縫い付けました。Mantan Web
そのときの針仕事には、「無事に帰ってきて」という願いがあります。
ところが第110話。
直美が再び縫っている軍服を、吾郎本人が着ることはありません。
同じ「ボタンを付ける」という動作なのに、
**第108話では再会のための裁縫。
第110話では別れを受け止めるための裁縫。**
へと意味が反転します。
僕はここが、第22週でもっとも美しい脚本構造だと感じました。
新しい悲劇的な小道具を突然登場させたのではありません。
笑っていたころから画面の隅にあったものが、失ったあとに初めて重くなる。
伏線とは「驚かせる仕掛け」だけではない。
過去の幸福を、あとから別の意味で見せ直す仕掛けにもなれる。
吾郎のボタンは、その好例でした。
SNSでも「ボタン」の伏線回収に反響
放送後、SNSでも何度も取れていたボタンの理由に反響が集まり、「そんな思いがあったのか」「ボタンで泣くとは思わなかった」といった趣旨の声が相次いだと報じられています。デイリースポーツ+1
この反応が大きかったのも当然だと思います。
視聴者自身が第106回から何度もボタンを見ているからです。
答えを説明されて驚いたというより、「あのときの場面はそういう意味だったのか」と自分の記憶まで塗り替えられる。
そこに強い感情が生まれたのでしょう。
第110話ラストネタバレ|直美の「ただいま」は何を意味する?
第110話の最後、直美は吾郎の軍服にボタンを縫い付け、ようやく思い切り泣きます。
そして、吾郎との記憶を感じさせる場面を経て一ノ瀬家へ戻り、りんから息子・明を受け取ります。
そこで直美が口にするのが、
「ただいま」
です。
僕はこの一言を、単に「小川家から一ノ瀬家へ帰ってきた」という意味だけでは受け取りませんでした。
吾郎の死を受け止められず立ち止まっていた直美が、明やりんたちのいる現在へ帰ってきた。
その「ただいま」だったのではないでしょうか。
りんは直美を立ち直らせようとしなかった
このラストが成立した背景には、りんの行動があります。
多江からボタンを受け取った直美に、りんは明を預かり、吾郎の軍服へボタンを付けてくる時間を与えます。
無理に励まさない。
忘れさせようとしない。
早く元気になれとも言わない。
ただ、直美が一人で悲しめる場所を作る。
僕にはこれも一つの「看護」に見えました。
『風、薫る』で繰り返し描かれてきた看護は、薬や処置だけではありません。
相手を見る。
何を必要としているのか考える。
そして今、必要なものを差し出す。
りんが直美に与えたのは励ましの言葉ではなく、泣くための時間でした。
だから直美は、自分の手でボタンを縫うことができたのだと思います。

吾郎の幻は「死」から「思い出」へ変わる瞬間
ボタンを縫う直美の前には、吾郎の姿がよみがえるように描かれます。
吾郎は、かつてのようにボタンを取る。
直美はそんな吾郎へ怒りながらも、最後には笑う。
作中では、それが文字どおりの幽霊なのか、直美の記憶や心象なのかを決めつけてはいません。
僕はむしろ、決める必要がないと思います。
大切なのは、直美が吾郎を「亡くなった人」としてだけ思い出さなかったことです。
またボタンを取る人。
料理を作る人。
自分を困らせる人。
笑わせてくれる人。
悲しい記憶しか残らなければ、吾郎との時間そのものまで悲劇に飲み込まれてしまいます。
でも直美は、最後に少し笑えた。
その瞬間、吾郎との記憶は「死の記憶」だけではなく、もう一度「一緒に生きた記憶」へ戻ったように感じました。
「おかえり」が直美を現在へ迎え入れる
そして直美は明を抱きます。
三人で暮らすはずだった未来は、もう実現しません。
吾郎の不在を、りんも明も埋めることはできないでしょう。
それでも、直美には戻る場所があります。
りんがいる。
美津がいる。
明がいる。
看護という、自分で選んだ仕事がある。
だから「ただいま」と言える。
迎える側にも「おかえり」がある。
第110話は、誰かを忘れることで人が前を向くのではなく、忘れられない人を抱えたまま、それでも現在へ戻ってくることができると描いた回だったのだと思います。
考察|第22週「明るい未来」はなぜ吾郎の死で終わったのか
ここからは僕の考察です。
第22週のタイトルは「明るい未来」。
ところが実際に起きるのは、吾郎の出征と死です。
一見すると、あまりにも皮肉なタイトルに思えます。
しかし、第106回から第110回までを一本の構造として見ると、意味が変わってきます。
僕はこの週を、
ボタン → 明 → 出征 → 喪失 → ボタン → 明
という輪になった物語だと捉えています。
最初にあるのは、直美と吾郎の何げない暮らし。
次に生まれてくる子どもへ「明」という名が与えられる。
吾郎が去る。
ボタンだけが戻ってくる。
最後に直美がそのボタンを縫い、明を抱く。
第108回で吾郎が願った「明るい未来」は、三人家族で暮らす幸福な未来でした。
しかし第110回では、その未来の形が変わってしまいます。
吾郎はいない。
それでも「明」は残っている。
ここにタイトルのもう一つの意味があります。
息子・明は「明るい未来」を人物にした存在
「明」という名前が決まったのは第108回です。
吾郎は「明るい」という言葉と重ねながら名前を考えました。Mantan Web
その吾郎が、第110話の時点ではもういません。
ところが彼の願いを宿した名前は、直美の腕の中に残っています。
だから僕は、息子・明を単純に「吾郎の忘れ形見」とだけ読むのではなく、第22週のタイトルそのものを人物にした存在だと考えています。
「明るい未来」とは抽象的な標語ではない。
直美がこれから毎日抱き、育て、名前を呼ぶ存在になった。
吾郎自身はその未来を見ることができなくても、願いは名前として残ったのです。
「明るい未来」は悲しみのない未来ではない
ここが、この週でもっとも大切なところだと思います。
明るい未来というと、僕たちはつい「全部うまくいく未来」を想像します。
愛する人がそばにいる。
家族がそろう。
約束が守られる。
望んだ生活が続いていく。
でも第22週は、それを壊しました。
吾郎は帰ってこない。
直美は一人で明を育てていかなければならない。
約束した食卓も実現しない。
それでも未来そのものが消えたわけではありません。
直美は泣いたあと、明を抱く。
僕はそこに、この作品が考える「明るさ」があると思います。
明るさとは、悲しまないことではない。
悲しみを十分に知った人が、それでも明日へ戻ってこられること。
だからこそ、第110話の最後の言葉は「頑張る」でも「忘れない」でもなく、「ただいま」だったのではないでしょうか。
「風」が作品タイトルと直美の再生をつなぐ
もう一つ、僕が見逃せないと思ったのが「風」の使われ方です。
吾郎との記憶がよみがえる場面では、部屋の空気や光によって、目に見えない気配が感じられます。
『風、薫る』というタイトルを思えば、この演出は象徴的です。
風そのものは見えません。
けれど、布が揺れる。
木の葉が動く。
肌に触れる。
だから、そこに風があると分かる。
亡くなった人の記憶も、それに似ています。
姿はない。
それでも、料理をするとき、服を直すとき、明という名前を呼ぶとき、直美の中では吾郎との時間が動き出すでしょう。
僕には第110話の風が、「いなくなっても、残したものまで消えるわけではない」という作品全体のメッセージを運んでいるように感じられました。

第110話の先はどうなる?鈴木雅の史実モチーフと第111話への接続
第110話は直美の物語の終わりではありません。
第111話では、吾郎の死後も直美が子育てと仕事に懸命に向き合っていることが公式あらすじで示されています。物語は第23週「歩々清風」へ進みます。オリコンニュース(ORICON NEWS)+1
このため第110話は、「夫を失った直美が立ち直って完結」という回ではなく、これからの直美を理解するための転換点として見る方が自然です。
吾郎と出会う前から、直美には看護という道がありました。
妻になった。
母になった。
そして夫を失った。
それでも、看護婦である自分まで消えたわけではありません。
第110話の冒頭で直美が仕事へ復帰しようとするのも、その意味で重要です。
もちろん、悲しみから目をそらす気持ちが全くないとは断定できません。
ただ僕は、仕事へ戻ることを単なる逃避とは読みません。
看護は、直美自身が苦労して選び取った人生だからです。
大家直美のモチーフ・鈴木雅にも「夫との死別」がある
ここでは史実とドラマを混同しないことも大切です。
NHKは大家直美を、明治期の看護婦・鈴木雅をモチーフにした人物として描いています。
看護史研究会の鈴木紀子氏が監修し、『風、薫る』の看護考証にも携わった内容を掲載している「エキスパートナースweb」によると、実在の鈴木雅は陸軍少佐と結婚して2人の子どもをもうけた後、夫を病気で亡くしました。
そして「自分に看護の知識があれば、夫のために何かできたのではないか」という思いを抱き、1886年に桜井女学校附属看護婦養成所へ入ったと説明されています。エキスパートナース
ここで注意したいのは、ドラマの大家直美と鈴木雅の人生は同一ではないということです。
同記事でも『風、薫る』は大関和と鈴木雅を「モデル」ではなく「モチーフ」としており、生い立ちなどには脚色があると説明されています。エキスパートナース
したがって、「吾郎の死=史実の完全再現」と断定するのは適切ではありません。
ただ、夫との死別と看護の道が鈴木雅の人生で結びついていることを考えると、第110話で直美の喪失と看護が強く重ねられたことには、史実モチーフを意識した意味があると考えられます。
僕が今後注目したいのもそこです。
直美は吾郎を自分の手で看取れませんでした。
その痛みを抱えた彼女が、今後誰かの病床に立ったとき、以前とまったく同じ看護婦でいられるでしょうか。
おそらく無理でしょう。
喪失を知ったことで、患者本人だけでなく、患者を待つ家族の時間まで想像するようになるかもしれない。
もしそう描かれていくなら、吾郎との日々は「悲しい過去」として閉じるのではなく、直美の看護そのものを変えていく経験になります。
それこそ、第110話の先にある最も重要な見どころだと僕は考えています。
まとめ|第110話のボタンがつないだのは「吾郎との過去」と「明の未来」
『風、薫る』第22週「明るい未来」の最終話となる第110話では、多江が吾郎の最期を直美へ伝えました。
吾郎は台湾で右足を骨折し、広島の陸軍予備病院へ送られましたが、すでに脚気が進行しており、その後亡くなります。Mantan Web
そして直美へ戻されたのが、軍服から外れたボタンでした。
何度も取れていたのは、直美が文句を言いながら真剣に縫い付けてくれる姿を吾郎が好きだったから。
第106回から繰り返されてきた小さな日常描写が、第110話で夫婦の愛情を示す伏線へ変わりました。
直美はそのボタンをもう一度軍服に縫い付け、ようやく思い切り泣きます。
そして一ノ瀬家へ戻り、息子・明を抱いて「ただいま」と告げる。
僕は、この場面を「吾郎を忘れて前へ進んだ」とは思いません。
吾郎を忘れられない自分のまま、もう一度人生へ戻った。
だから「ただいま」だったのでしょう。
第22週の「明るい未来」とは、悲劇の起こらない未来ではありませんでした。
吾郎と三人で生きるはずだった未来は失われました。
けれど、吾郎が名前をつけた明は直美の腕の中にいる。
軍服には、直美が縫ったボタンが戻っている。
そして直美自身も戻ってきた。
一個のボタンは吾郎を連れ戻してはくれません。
それでも、過去と未来がばらばらになってしまわないよう、小さく留めることはできる。
僕には、あのボタンがそんな留め具に見えました。
風が通り過ぎたあとも、その人が残した温度までは消えない。
第110話が終わったあと、僕の胸に残ったのは悲しみだけではありませんでした。
泣き終えた直美が明を抱き、「ただいま」と帰ってきた、その静かな強さでした。
よくある質問
『風、薫る』第110話は作品全体の最終回ですか?
いいえ。
第110話は第22週「明るい未来」の最終話です。NHKは『風、薫る』を2026年3月30日から全26週・130回で放送すると案内しており、第111話以降も物語は続きます。YouTube+1
第110話で吾郎はなぜ亡くなったのですか?
吾郎は台湾で右足の脛骨と腓骨を骨折し、広島の陸軍予備病院へ後送されました。
病院へ到着した時点で脚気が進行しており、翌日には呼吸も苦しい状態となり、その夜に亡くなったと多江から明かされています。Mantan Web+1
直美が最後に「ただいま」と言った意味は?
作中で意味が明言されたわけではありません。
僕は、吾郎の死を受け止めきれず心が止まっていた直美が、ボタンを縫い、泣き、吾郎との記憶に別れを告げたうえで、明やりんたちがいる現在の人生へ戻ったことを示す「ただいま」だと考えています。
吾郎を忘れたのではなく、吾郎との時間を抱えたまま生き直す。
第110話は、その小さくて大きな再出発を描いた回だったのでしょう。
執筆:岸本 湊人
観たいものが見つからない…
そんな悩みを今日で解決!『VIVANT』や『鬼滅の刃』などの話題作、
「観たいけど登録が面倒…」と諦めていませんか?
U-NEXTなら27万本以上が見放題!
さらに今なら、最新作に使える
600円分のポイントも無料でもらえます。\ リスクゼロでお試し /
✅ 31日間は追加料金一切なし
✅ スマホから3分で簡単登録・解約
⏰ 今すぐ無料体験を始める※無料キャンペーンはいつ終了するか分かりません。



コメント