『豊臣兄弟!』徳川家康を支える家臣団・側近キャスト一覧!活躍する武将は誰?

1200×800px想定、横長6:4。2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の徳川家康と徳川家臣団をイメージした重厚な戦国ドラマ風ビジュアル。中央に静かな威圧感を漂わせる徳川家康を思わせる40代の日本人武将。その背後に、古参の外交官タイプの石川数正、落ち着いた筆頭家老の酒井忠次 大河ドラマ
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『豊臣兄弟!』で徳川家康を支える中核は、石川数正と酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政の5人です。

2026年9月6日放送の第34回「最強のライバル」では、家康が秀吉との対決へ覚悟を決め、徳川四天王がそろい踏みしました。ここから重要なのは「誰が家康の家臣なのか」だけでなく、1584年の小牧・長久手の戦いで誰がどんな働きをしたのかです。

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  1. 『豊臣兄弟!』徳川家康の家臣・側近キャストは誰?
  2. 第34回「最強のライバル」で家康はなぜ秀吉と戦う覚悟を決めた?
    1. 長丸を養子に求められたことが家康の過去とつながる
    2. 信雄を利用する家康は「待つ男」から一歩進んだ
  3. 石川数正はなぜ家康の最重要側近なのか?
    1. 石川数正は家康の「記憶を共有する家臣」
    2. 史実の石川数正は外交でも重要だった
    3. 石川数正の出奔は1585年11月13日
    4. 数正は出奔後どうなった?
  4. 徳川四天王は小牧・長久手で何をした?4人の具体的な活躍
    1. 酒井忠次役・天野ひろゆき|羽黒で森長可軍を破る
    2. 本多忠勝役・夏生大湖|少数で秀吉本隊に立ちはだかる
    3. 榊原康政役・栗原類|戦場だけでなく言葉でも秀吉を揺さぶる
    4. 井伊直政役・阿久津仁愛|赤備えのデビュー戦が小牧・長久手
  5. 小牧・長久手の戦いで本当に注目すべき家臣は誰?
    1. 酒井忠次は「開戦直後の流れ」を徳川へ戻す
    2. 榊原康政・井伊直政は長久手へ向かう攻撃側で存在感
    3. 本多忠勝は勝った後の危機を支える
  6. 『豊臣兄弟!』今後の注目は石川数正と四天王の「役割交代」
    1. 「最強の兄弟VS最強の組織」になる
  7. まとめ|徳川家康の家臣団は四天王の「違う強さ」に注目
  8. よくある質問
    1. 『豊臣兄弟!』の徳川四天王キャストは誰?
    2. 小牧・長久手の戦いで特に活躍した徳川家臣は誰?
    3. 石川数正は徳川四天王ではないの?

『豊臣兄弟!』徳川家康の家臣・側近キャストは誰?

『豊臣兄弟!』で徳川家康を演じるのは松下洸平さん。その家康を支える主要家臣として、石川数正と「徳川四天王」の4人をまず押さえておけば、これからの徳川パートがかなり見やすくなります。

第34回では酒井忠次・榊原康政・井伊直政が初登場し、すでに登場していた本多忠勝と合わせて四天王がそろいました。番組側の人物紹介でも、酒井は筆頭家老、榊原は小牧・長久手で羽柴軍を翻弄する智将、井伊は赤備えを率いて羽柴軍を苦しめる武将として位置づけられています。

登場人物 キャスト 家康との関係・役割 小牧・長久手での注目点
徳川家康 松下洸平 豊臣兄弟の最強クラスのライバル 織田信雄と組み、秀吉と直接対決
石川数正 迫田孝也 幼少期から仕える腹心・外交の要 小牧山側を支え、戦後は秀吉との交渉でも重要に
酒井忠次 天野ひろゆき 筆頭家老格・家臣団のまとめ役 羽黒で森長可軍を破った中心人物
本多忠勝 夏生大湖 徳川屈指の猛将 小牧山を守り、秀吉本隊を少数でけん制した逸話で有名
榊原康政 栗原類 知略と軍団指揮に優れた重臣 羽黒や長久手方面で戦い、秀吉を批判する檄文の逸話も
井伊直政 阿久津仁愛 四天王最年少の若き猛将 「井伊の赤備え」を率い、長久手で名を上げる

こうして横に並べると、4人が同じ「強い武将」ではないことが分かります。

忠次は統率、忠勝は武勇、康政は知略、直政は突破力。そこへ外交と主君理解に長けた数正が加わる。

僕は、第34回でこの5人を家康の周囲に置いたこと自体が、物語の大きな転換点だったと感じました。

家康は一人で秀吉に挑むのではありません。

秀吉が「人を引き寄せる力」で天下へ進むなら、家康は役割の違う家臣を束ねる力で天下へ近づいていく。その違いが、いよいよ画面に見える形になってきたのです。

※画像はAIによるイメージ

第34回「最強のライバル」で家康はなぜ秀吉と戦う覚悟を決めた?

第34回で家康が戦へ傾いた直接の感情的な引き金として描かれたのが、嫡男・長丸を秀吉側の養子に出す話でした。

秀吉は大坂城を築き、諸国の有力大名が挨拶に訪れるほど権威を強めます。一方、家康は関東平定を理由に自ら大坂へ行かず、代わりに石川数正を送りました。織田信雄から「秀吉を倒そう」と誘われても、最初の家康はすぐには乗りません。

ここで大切なのは、第34回が単純な「家康VS秀吉」の開戦回ではなく、家康がなぜ“もう従わない”側へ変わったのかを描く回だったことです。

長丸を養子に求められたことが家康の過去とつながる

本作では、少年・竹千代だった家康が今川家の人質として生きた過去が改めて描かれました。

さらにドラマでは、織田信長との関係の中で妻・築山殿と嫡男・信康を失った記憶も、家康の苦しみとして重ねられています。

ここは「本作ではそう描かれている」ことと、史実上の評価を分けて考える必要があります。

信康の切腹については、従来「信長の命令に家康が従った」という説明が広く知られてきましたが、後世の史料と同時代史料の読み方をめぐって研究上さまざまな見方があります。したがって、ドラマの「信長の命で妻子を処刑した」という描写を、そのまま確定した史実として受け取るのは避けたいところです。

この線引きをしたうえでドラマを見ると、第34回の家康の心理はむしろ分かりやすくなります。

誰かに大切なものを差し出す人生を、もう終わらせたい。

その思いを象徴したのが長丸でした。

劇中では、秀吉と小一郎から養子の話を持ちかけられ、家康はいったん受け入れようとします。しかし長丸とのやり取りを通して心が揺れ、最終的に秀吉へ対抗する側へステアリングを切ります。

僕はこの場面を見て、家康が突然「野心家」に変わったとは感じませんでした。

むしろ、耐えることを戦略にしてきた男が、「耐えることにも限界がある」と初めて自分で決めた瞬間に見えたのです。

信雄を利用する家康は「待つ男」から一歩進んだ

史実では、小牧・長久手の戦いに至る大きな契機として、織田信雄が秀吉との内通を疑った家臣を処断した事件があります。

『豊臣兄弟!』第34回では、その流れの背後に家康が関わるというドラマ独自の構成が採られました。

つまり本作の家康は、ただ秀吉から攻められるのを待つのではありません。

信雄という「大義名分」を前に置き、自分はその後ろから羽柴秀吉を討つ。

ここで初めて、家康が他人の盤面で耐える人間から、自分で盤面を動かす人間へ変わったように見えます。

そして、その決断の先に四天王が並びました。

※画像はAIによるイメージ

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石川数正はなぜ家康の最重要側近なのか?

石川数正は、徳川四天王には含まれません。

それでも『豊臣兄弟!』の徳川家臣団を理解するうえでは、四天王と同じ、あるいは現時点ではそれ以上に重要な人物です。

石川数正は家康の「記憶を共有する家臣」

迫田孝也さん演じる石川数正は、家康が幼いころから近くに仕えた人物として描かれています。

第34回では、家康の人質時代まで物語をさかのぼることで、二人の関係が単なる「主君と家臣」ではないことが強調されました。

数正は、強くなった家康だけを知っているのではありません。

何も選べなかった竹千代。

他人に生き方を決められていた少年。

耐えるしかなかった若者。

そのすべてを知っています。

だから僕は、数正を家康の「記憶の共有者」だと考えています。

酒井忠次が家臣団をまとめ、本多忠勝が戦場を支えるのとは役割が違う。

数正は、家康が「なぜ天下を目指すのか」という最も深い場所に触れられる家臣なのです。

史実の石川数正は外交でも重要だった

史実上の数正も、徳川家の外交を担った重臣でした。

岡崎城代を務め、西三河の重要な立場にあり、秀吉が台頭してからは羽柴側との折衝役として働きます。

小牧・長久手の戦いそのものでは徳川方の中枢を支え、その後は秀吉との関係をどうするかという、戦場以上に難しい政治局面と向き合うことになります。

戦国時代では、勝敗は槍だけで決まりません。

戦った翌日に誰と話すのか。

どこまで条件を受け入れるのか。

誰を人質に出すのか。

その交渉で国の未来が変わります。

数正は、そうした「戦の外側の戦」を担う人物でした。

石川数正の出奔は1585年11月13日

そして、ここからが数正最大の注目点です。

国立公文書館の解説によると、天正13年(1585年)11月13日、岡崎城代だった石川数正は徳川家を出奔し、秀吉のもとへ身を寄せました。

これは小牧・長久手の戦いの翌年です。

出奔の決定的な理由は現在も確定していません。

秀吉との融和を唱える中で徳川家中に居場所を失ったのか。

秀吉側から強く働きかけられたのか。

家族や人質をめぐる事情があったのか。

史料からさまざまな可能性が考えられていますが、「これが唯一の理由」と言い切れる状態ではありません。国立公文書館も、数正の三男が秀吉側の人質となっていたことを要因として記す史料を紹介しています。

だからこそ、『豊臣兄弟!』での描き方が楽しみなのです。

すでに第34回では、数正が大坂城を見せられ、秀吉の巨大な力を間近に感じる場面が置かれています。

家康への忠義だけではなく、「このまま秀吉と戦い続けて徳川家は生き残れるのか」という現実を見る人物になる可能性があります。

数正は出奔後どうなった?

数正は秀吉配下となった後、1590年に信濃・松本へ移り、息子の康長とともに松本城と城下町の整備を進めました。

国宝松本城の公式解説でも、数正はもともと家康の重臣で、1585年に一族とともに大坂へ出奔して秀吉配下となり、その後松本へ入った人物として紹介されています。

つまり数正の物語は、「徳川家を裏切った」で終わりません。

家康の最側近だった男が秀吉の家臣となり、豊臣政権下で新たな領国経営を担っていく。

僕はここに、『豊臣兄弟!』後半の人間ドラマを大きく動かす火種があると思っています。

※画像はAIによるイメージ

徳川四天王は小牧・長久手で何をした?4人の具体的な活躍

小牧・長久手の戦いで特に覚えておきたいのは、酒井忠次の羽黒、本多忠勝の秀吉本隊へのけん制、榊原康政の知略と檄文、井伊直政の赤備えです。

4人の役割を知ってからドラマを見ると、戦場で誰が何をしているのかがぐっと分かりやすくなります。

酒井忠次役・天野ひろゆき|羽黒で森長可軍を破る

酒井忠次を演じるのは天野ひろゆきさんです。

番組の人物紹介では、長年にわたり家康を内政・外交・軍事で支え続けた「徳川家の筆頭家老」と位置づけられています。天野さん自身も、忠次を家臣たちのまとめ役・相談役として意識して演じる趣旨を語っています。

小牧・長久手の戦いで忠次の名前を覚えておきたい最大の理由が、羽黒の戦いです。

天正12年(1584年)3月、秀吉方の森長可が尾張で動くと、家康は酒井忠次らを向かわせます。

長久手市の歴史解説によると、3月17日、羽黒まで進んでいた森軍を酒井忠次ら徳川方が破り、家康側は形勢を立て直しました。

これは「四天王の筆頭格」という肩書を具体的に理解できる戦いです。

家康が命令を出した後、その命令を軍団の勝利へ変える。

忠次は前線の派手な一騎討ちだけで目立つ人物ではなく、徳川軍を実際に機能させる指揮官として見ると面白いでしょう。

第34回で天野さんが演じる忠次を四天王の一人として並べた意味も、ここにあります。

本多忠勝役・夏生大湖|少数で秀吉本隊に立ちはだかる

本多忠勝を演じるのは夏生大湖さんです。

忠勝は四天王の中でも「武」を最も強く感じさせる人物。

しかし、小牧・長久手で注目したいのは、敵を大量に倒したという話だけではありません。

家康が長久手方面へ出た際、本多忠勝は石川数正や酒井忠次らと小牧山側を守っていたとされます。長久手で徳川軍が羽柴方の別動隊を破ると、秀吉自身が救援へ動きました。

そこで伝わるのが、忠勝が数百人程度の兵で秀吉の大軍の前へ出たという有名な逸話です。

資料によって兵数は300や500など差があるため、「500人」と絶対視するより「数百の兵」と理解する方が安全です。国史大辞典では約300、家康公検定では500とする伝承が紹介されています。

重要なのは数字そのものではありません。

家康本隊を追う秀吉軍の前に出て時間を稼ぐ。

その役割こそ忠勝らしいのです。

武勇とは、ただ前へ突っ込むことではない。

主君を逃がすためなら、自分が巨大な敵の前に壁として立つ。

この覚悟が、本多忠勝という武将の輪郭を作っています。

『豊臣兄弟!』でも忠勝が単なる「強そうな槍武者」で終わらず、家康への忠義をどう見せるのかに注目したいところです。

榊原康政役・栗原類|戦場だけでなく言葉でも秀吉を揺さぶる

榊原康政を演じるのは栗原類さんです。

番組では「智将として知られ、小牧・長久手の戦いで羽柴軍を翻弄する」と紹介されています。

史実を追うと、その「智将」という言葉がよく分かります。

康政は酒井忠次らとともに羽黒方面の戦いに参加し、小牧・長久手の一連の戦いで軍団指揮を担いました。

さらに愛知県の歴史観光資料では、康政は小牧・長久手の際に秀吉を激しく批判する檄文を出し、秀吉を怒らせた人物として紹介されています。

戦国の戦いは、兵を動かすだけではありません。

「秀吉は正当な主ではない」と印象づければ、敵方の大義名分を揺さぶれます。

相手を怒らせれば判断も狂う。

康政は、刀や槍だけではなく言葉そのものを武器にできるタイプだったと見ると面白いのです。

秀吉はこれまで、言葉や人心掌握によって相手を動かす側でした。

その秀吉へ、徳川側から心理戦を仕掛ける人物が現れる。

僕は栗原類さん演じる康政が、豊臣兄弟にとってかなり嫌な相手になるのではないかと見ています。

井伊直政役・阿久津仁愛|赤備えのデビュー戦が小牧・長久手

井伊直政を演じるのは阿久津仁愛さんです。

四天王では最年少。

番組でも、武勇に優れ、「井伊の赤備え」を率いて小牧・長久手の戦いで羽柴軍を苦しめる人物と紹介されています。

「赤備え」とは、甲冑や軍装を朱色で統一した部隊です。

家康は武田氏滅亡後に武田旧臣を取り込み、その一部を直政に預けました。愛知県の解説では、直政が率いた赤備えのデビュー戦が小牧・長久手だったと紹介されています。

これはドラマ映えする要素でもあります。

戦場に赤い軍団が現れた瞬間、視聴者は説明されなくても「井伊直政が来た」と分かる。

ただ派手な衣装ではなく、徳川家が旧武田勢力まで自分たちの戦力へ組み込んだ象徴でもあるのです。

若い直政が、滅んだ武田家の戦闘力を受け継いで家康のために走る。

ここには、「敵だった者さえ組織へ取り込む徳川」というもう一つの強さが見えます。

※画像はAIによるイメージ

小牧・長久手の戦いで本当に注目すべき家臣は誰?

結論から言えば、序盤の酒井忠次、心理戦の榊原康政、長久手の井伊直政、秀吉本隊をけん制する本多忠勝と、四天王全員に見せ場があります。

しかも彼らは、同じ場所で同じ働きをするわけではありません。

酒井忠次は「開戦直後の流れ」を徳川へ戻す

秀吉方の池田恒興が犬山城を押さえ、森長可が動いたことで、徳川方は序盤から緊張を強いられました。

そこで酒井忠次らが羽黒で森軍を破った。

この勝利によって、家康は単に小牧山へ籠もるだけではなく、戦線を安定させることができます。

つまり忠次の働きは、後の長久手の勝利へ続く最初の土台です。

榊原康政・井伊直政は長久手へ向かう攻撃側で存在感

羽柴方は膠着した戦況を変えるため、池田恒興・森長可・堀秀政・羽柴秀次らを三河方面へ動かす、いわゆる「三河中入り」を進めます。

ところが家康はその動きを察知し、逆に追撃しました。

長久手市の資料では、家康・信雄軍の先鋒側に井伊直政らの名前が見え、石川数正・本多忠勝・酒井忠次らも徳川方の部将として記されています。

羽柴方では秀次隊が崩れ、最終的に森長可や池田恒興らが長久手で討死します。

ここで「家康が勝った」と一行で済ませると、四天王の記事としては惜しい。

その家康の勝利を分解すると、

情報をつかむ家臣、先に攻める家臣、敵を押し返す家臣、主君を守る家臣が別々に動いている。

この分業こそ徳川軍の怖さです。

本多忠勝は勝った後の危機を支える

長久手で徳川側が勝っても、そこで戦いは終わりません。

秀吉本隊が救援へ動けば、長久手で戦った家康軍は逆に危険になります。

その局面で小牧側から動いたと伝わるのが忠勝です。

僕はここが面白いと思います。

物語ではどうしても「敵将を討ち取った人物」が英雄に見えます。

しかし、本当に組織を救うのは、勝利した後に迫る次の危機を止める人間かもしれません。

忠勝の逸話は、徳川四天王の「武」が単なる腕力ではないことを教えてくれます。

※画像はAIによるイメージ

『豊臣兄弟!』今後の注目は石川数正と四天王の「役割交代」

僕が今後もっとも注目しているのは、単純に「四天王が活躍するか」ではありません。

石川数正が家康のそばにいる時代と、四天王が前面へ出る時代が重なり始めたことです。

第34回までの数正は、家康の過去を知る腹心でした。

一方、第34回のラストでは、酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政が家康の周囲に並びました。

史実を知っている視聴者なら、この並びに少し胸がざわつくはずです。

なぜなら、その翌年の1585年に数正は家康のもとを去るからです。

つまり物語は、

「数正と夢を共有した家康」から「四天王を率いて天下へ進む家康」へ移る境目

に差しかかっています。

これは単純な世代交代とも違います。

家康の心を知る一人の腹心が抜け、その代わりに異なる能力を持つ複数の家臣が家康を支える。

一対一の信頼から、組織としての徳川へ。

僕にはそんな変化に見えます。

「最強の兄弟VS最強の組織」になる

『豊臣兄弟!』の最大の武器は、秀吉と秀長の二人です。

秀吉が前へ出る。

小一郎が足元を支える。

一人では危うい秀吉を弟が補い、弟が迷えば兄が引っ張る。

二人で一つの巨大な推進力を生んできました。

しかし家康側は違います。

数正。

忠次。

忠勝。

康政。

直政。

それぞれが別の能力を持っています。

だから僕は、小牧・長久手の戦いを単なる「秀吉VS家康」とは見ていません。

最強の兄弟と、最強の組織がぶつかる戦い。

この視点で見ると、『豊臣兄弟!』という作品そのもののテーマまで見えてきます。

秀吉には秀長がいる。

家康には家臣団がいる。

天下を取る男の背後には、必ずその人間を支える誰かがいる。

では、本当に強いのは「天才」なのか。

それとも「天才を支える仕組み」なのか。

第34回で徳川四天王が並んだ瞬間、物語はそんな問いまで投げかけ始めたように感じました。

※画像はAIによるイメージ

まとめ|徳川家康の家臣団は四天王の「違う強さ」に注目

『豊臣兄弟!』で徳川家康を支える主要家臣は、石川数正、酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政です。

徳川四天王は酒井・本多・榊原・井伊の4人で、石川数正は四天王ではありません。しかし数正は家康の幼少期から仕え、外交や徳川家中の運営を支えた重要な腹心です。

そして小牧・長久手の戦いでは、酒井忠次が羽黒で森長可軍を破り、榊原康政は軍事と心理戦で存在感を示し、井伊直政は赤備えを率いて名を上げ、本多忠勝には秀吉本隊を少数でけん制した有名な逸話が残ります。

4人が同じ戦い方をするのではない。

違う強さを持つ4人だからこそ「徳川四天王」なのです。

さらに1585年11月13日には、家康を長く支えた石川数正が徳川家を出奔して秀吉側へ移ります。

だからこれからの『豊臣兄弟!』は、小牧・長久手の勝敗だけを追うのではもったいありません。

数正と家康の絆はどう変わるのか。

四天王はどの場面で家康を支えるのか。

そして豊臣兄弟は、家康一人ではなく「徳川という組織」をどう攻略するのか。

僕の胸に残ったのは、第34回の家康の決意そのものより、その後ろに家臣たちが並んだ光景でした。

一人の覚悟は火種にすぎない。

けれど、その火を守る人間が集まれば、やがて国を動かす炎になる。

『豊臣兄弟!』はここから、豊臣兄弟の天下取りと同時に、徳川家康が「天下を争える組織」を完成させていく物語としても、さらに面白くなっていきそうです。

よくある質問

『豊臣兄弟!』の徳川四天王キャストは誰?

酒井忠次役が天野ひろゆきさん、本多忠勝役が夏生大湖さん、榊原康政役が栗原類さん、井伊直政役が阿久津仁愛さんです。2026年9月6日放送の第34回「最強のライバル」で四天王がそろいました。

小牧・長久手の戦いで特に活躍した徳川家臣は誰?

4人それぞれに見せ場があります。酒井忠次は羽黒で森長可軍を破り、本多忠勝は秀吉本隊を数百の兵でけん制した逸話があり、榊原康政は軍事と檄文、井伊直政は「赤備え」で存在感を示しました。

石川数正は徳川四天王ではないの?

石川数正は徳川四天王には含まれません。四天王は酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政の4人です。ただし数正は家康の古くからの腹心で、岡崎城代や秀吉との交渉を担った重要人物。1585年11月13日に徳川家を出奔して秀吉のもとへ移ったため、『豊臣兄弟!』でも今後の大きな注目人物です。

文:岸本 湊人

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