「ママが遺体にキスできるように。それが彼らの仕事。」
この一文が、あなたの心にどんな波紋を広げるだろうか。
『エンジェルフライト』は、国際霊柩送還士という、私たちの生活の裏側で静かに、しかし確かに存在する職業にスポットを当てた作品だ。
原作は、ノンフィクション作家・佐々涼子氏による同名の書籍。彼女は、実在する国際霊柩搬送業者「エアハース・インターナショナル」に密着し、死者を故郷へ送り届けるという、誰もが避けて通ることのできない「死」と向き合う人々の姿を描いた。
本記事では、原作のネタバレを含めた内容と、ドラマ版との違い、そして原作者の想いに迫る。
第1章:原作『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』とは
「ただ“遺体”を運ぶだけじゃない。
その人の人生を、最期まで大切に包んで運ぶんだ。」
あなたは「国際霊柩送還士」という仕事を知っているだろうか。
海外で亡くなった日本人を、母国の家族の元へと“帰してあげる”仕事。
それは、きれいごとでは済まされない、命の重さと、遺族の涙に真正面から向き合う仕事だ。
原作『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』は、2012年に集英社から出版されたノンフィクション作品。著者は、佐々涼子氏。
彼女は実際に、東京にある「エアハース・インターナショナル」という会社に数か月間密着取材を行い、「死者を運ぶプロフェッショナルたち」のリアルを描ききった。
📘 原作の基本データ
- タイトル:エンジェルフライト 国際霊柩送還士
- 著者:佐々涼子(ノンフィクション作家)
- ジャンル:ヒューマンドキュメント/実話ノンフィクション
- 出版年:2012年
- 出版社:集英社
- モデル企業:エアハース・インターナショナル
📌 なぜ今、この原作が注目されているのか?
2023年にAmazon Prime Videoでドラマ化された『エンジェルフライト』。
主演・米倉涼子が演じたのは、まさにこの“死を運ぶ”世界を支える現場のリーダー。
多くの視聴者が「死者にここまで敬意を払う仕事があるなんて」と衝撃を受け、原作へと手を伸ばした。
だが、原作を読むと驚かされる。
ドラマでは語りきれなかった、“命の余白”が、この本にはぎっしりと詰まっているのだ。
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🌏 遺体を運ぶという行為の裏にあるもの
アフリカでマラリアに倒れた青年。中東でテロに巻き込まれたビジネスマン。ヨーロッパで事故死した新婚旅行中の妻――。
国や時差、気候条件により、遺体は日に日に腐敗し、損傷していく。
それでも「できる限り“生前の姿”に戻す」という信念を胸に、プロたちは遺体にメスを入れ、化粧を施し、スーツを着せる。
そうして、「おかえりなさい」と言ってもらえる姿にまで整え、棺を閉じる。
遺族の「ありがとう」が、唯一の報酬かもしれない。
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📌 読後に残るのは、“死”ではなく、“生きた証”
この本は、決して“暗い本”ではない。
むしろページをめくるたび、人の強さ・弱さ・優しさが浮かび上がる。
そして、ふと気づく。
「自分もまた、誰かの“帰り”を願う人間のひとりなのだ」と。
📝 この章のまとめ
- 『エンジェルフライト』は実在の現場に基づくノンフィクション。
- 「死を扱うプロ」ではなく、「人を最後まで人として扱うプロ」が主役。
- “遺体を運ぶ”という行為に込められた人間の尊厳を、深く描いている。
- ドラマでは描ききれなかった“命の真実”が、原作にぎっしり詰まっている。
第2章:原作のネタバレと主要エピソード
「遺体は、ただの物体ではない。
それは、家族が“会いたかった最後の姿”だ。」
原作『エンジェルフライト』には、数々の実在のエピソードが綴られている。
ページをめくるごとに、涙が止まらなくなる。
そこに描かれるのは、作り物ではない。誰かが、現実に体験した「死」と「別れ」の記録なのだ。
🕊 エピソード1:新婚旅行中に命を落とした花嫁
ヨーロッパで新婚旅行中だった30代の女性が、突然の交通事故で帰らぬ人となった。
新郎は、「せめて、ウェディングドレスで送ってやりたい」と希望した。
エアハースのスタッフは、現地の遺体と向き合いながら、亡骸にウェディングドレスを着せ、化粧を施し、髪を結い上げた。
帰国した花嫁の姿を見た母親は、声にならない嗚咽を漏らしたという。
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🌏 エピソード2:アフリカの医療支援中に倒れた青年
20代の青年がアフリカで医療ボランティア中にマラリアで命を落とした。
遺族は、「息子の人生を誇りに思っている。だから、誇り高く帰らせてほしい」と語った。
エアハースの職員は、炎天下の気温と戦いながら、遺体を迅速かつ丁寧に処置。
スーツ姿で日本に帰還した青年は、空港で“英雄”として迎えられた。
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💔 エピソード3:自死を選んだビジネスマンの最期
海外出張先で自死を遂げた中年男性。
遺族は、「なぜ?なぜこんな遠くで?」という衝撃と悲しみを抱えていた。
遺体は損傷が激しかった。しかし、スタッフは「ご遺族が顔を見られるように」と処置を続けた。
帰国した彼の姿は、穏やかな笑みを浮かべているようだった――と、妻は後に語っている。
📌 この章のまとめ
- 原作には実在の事例がいくつも収録されている。
- 「どんな死にも、その人なりの物語がある」ということを伝えてくる。
- 読者は、単なる悲劇ではなく、“生きた証”を知ることになる。
- この章を読むことで、“死者を運ぶ”という行為が、どれだけ繊細で、愛に満ちているかがわかる。
「たとえ死んでも、ちゃんと帰ってくる」――そんな当たり前を、
この人たちは支えている。
第3章:ドラマ版『エンジェルフライト』との違い
原作が静かな“祈り”なら、ドラマは叫びにも似た“生の叫び”だ。
2023年、Amazon Prime Videoで配信されたドラマ版『エンジェルフライト』。主演を務めたのは、圧倒的な存在感と感情表現で魅せる米倉涼子。
原作と同じく、“国際霊柩送還士”という稀有な職業に光を当てながらも、ドラマ版はフィクションとしての強さと、エンターテインメント性を重視して作られている。
🎥 ドラマ版の概要と構成
- タイトル:エンジェルフライト 国際霊柩送還士
- 配信:Amazon Prime Video(2023年)
- 主演:米倉涼子(伊沢那美 役)
- 話数:全6話
- ジャンル:ヒューマンドラマ/お仕事ドラマ/人情ドラマ
ドラマは、原作のテイストを踏襲しつつも、完全オリジナルのストーリーラインで展開。
主人公・那美は、亡き息子を海外から連れ帰った過去をもつ設定になっており、原作には登場しない人物背景が付与されている。
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🟡 原作との主な“違い”とは?
項目 | 原作 | ドラマ |
---|---|---|
ストーリー構成 | 実在の事例を淡々と描写 | 主人公視点のドラマチックな展開 |
主人公 | 描写なし(取材者としての視点) | 伊沢那美(米倉涼子)が中心 |
描写スタイル | 静謐でリアルなドキュメント | 感情の起伏が激しい人間ドラマ |
目的 | 仕事の尊さを静かに伝える | 視聴者に泣いてもらうことを前提 |
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🔍 なぜ“違い”があるのか?
原作はあくまで“記録”であり、現場の「真実」を丁寧に追ったノンフィクション。
一方で、ドラマは「死をどう描けば伝わるか?」をエンタメ的に再構築している。
たとえば、遺体の描写や家族の葛藤、職場での衝突などが誇張されて描かれることで、物語としての山と谷が生まれ、視聴者の心を強く揺さぶる。
その違いを理解してこそ、原作とドラマの“両方”を深く味わうことができるのだ。
📝 この章のまとめ
- ドラマは原作をベースにしたオリジナルストーリー。
- 主人公の感情や過去に焦点をあてている点が大きな違い。
- フィクションとノンフィクションの間にある“温度差”に気づけることで、物語の奥行きが何倍にも増す。
どちらが“正解”ということではない。
ただ、“原作を読んだ人だけが知る世界”が、そこには確かにある。
第4章:原作者・佐々涼子の想いと取材背景
「こんなにも静かで、こんなにも尊い“仕事”があるなんて、私は知らなかった。」
この言葉は、著者・佐々涼子氏が取材を始めた初期、日記に書き留めたという一節である。
彼女はかつて、『エンジェルフライト』のような題材を書く予定はなかった。
けれど、ある一通のメールが、彼女の心と人生を大きく揺さぶることになる。
📩 きっかけは、1通の依頼メール
2009年、雑誌編集者を通じて届いたのは、「国際霊柩送還士という仕事を取材してみませんか?」という打診。
最初は「地味だ」「読者ウケしなそう」と感じたという。
だが、エアハース・インターナショナルのオフィスを初めて訪れたその日――
彼女の考えは180度ひっくり返る。
そこには、遺族に代わって涙を流し、誰よりも丁寧に遺体と向き合うプロフェッショナルたちがいた。
静かで、でも確かな「愛」があった。
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✍ 取材スタイルは、“見て、泣いて、書く”
佐々氏の取材は徹底していた。
- ・実際に海外搬送に同行
- ・遺族への聞き取り
- ・搬送手続きや防腐処置の現場まで細かく観察
一度、棺を開ける場に立ち会ったとき、彼女は言葉を失った。
「遺族が“ありがとう”と泣き崩れた瞬間、私は記者ではなく、ただの人間になった」と述懐している。
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🔍 なぜ彼女は“死”を描こうとしたのか
それは、「死を描くことは、生を照らすこと」だと知ったからだ。
人が死ぬとき、その人の“生き方”が際立つ。
どんな人生だったのか、どれだけ愛されていたのか、最後に誰が待っていたのか。
佐々涼子は、その“生の余韻”を記録する書き手でありたいと、自身の中で決意したという。
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📘 執筆に込めた想いとは?
この作品における佐々氏の使命は明確だった。
「誰かが知らなければ、無かったことになる“命の帰郷”を記録する」
彼女は言う。
「死を“終わり”として扱うのではなく、
“生きていた証”として語り継ぐべきだと、現場で教わりました。」
そして読者にもまた、自分自身の人生の送り方を問いかけてくる。
📝 この章のまとめ
- 原作者・佐々涼子は、命の現場を目撃し、そのリアルを記録した。
- 取材は単なる観察ではなく、“心で受け止める”作業だった。
- 彼女が描いたのは、“死”ではなく“生きた証”である。
- 読者に「死を通して、自分の生を見つめてほしい」と願っている。
「人の死を見送ることは、人の生を想うこと。」
彼女の原稿は、そう語りかけてくる。
第5章:『エンジェルフライト』が伝えるメッセージ
人は、死んだ瞬間に「終わる」のではない。
――そこから始まる“最後の物語”がある。
『エンジェルフライト』が私たちに語りかけてくるのは、単なる“仕事の記録”ではない。
それは、“死と生のあわい”で働く人々の手を通して浮かび上がる、人間の尊厳そのものだ。
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🌏 「死」と向き合うことで見える「生」
私たちはふだん、「死」を意識しないようにして生きている。
だけど本作は、その死とまっすぐ向き合う仕事を見せることで、生きている時間の貴さを思い出させてくれる。
1人の命が終わったあとも、その人の存在は、“遺された人々”の手で丁寧に扱われる。
その姿を知ることで、「誰かを大切にしたくなる」気持ちが湧いてくる。
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💔 遺族の「ありがとう」が、すべてを救う
『エンジェルフライト』に登場するプロフェッショナルたちは、誰に褒められるわけでも、報われる保証があるわけでもない。
けれど彼らが何よりも大切にしているのは、「遺族の“ありがとう”」という、たった一言。
その一言のために、時に眠れず、帰国もできず、涙をこらえながら遺体に向き合い続ける。
それが、この物語の真の核であり、“人間であることの美しさ”を教えてくれる。
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🕊 生者のための“死”の物語
この作品は、亡くなった人のための物語であると同時に、生きている私たちのための物語でもある。
「死は人生の終わりではなく、“命が誰かの中に宿る”始まりでもある」
そう気づかせてくれるのが、『エンジェルフライト』という名の記録だ。
📝 この章のまとめ
- 本作が伝えるのは、“死の向こうにある生の物語”である。
- 死に向き合う仕事は、生きることの価値を照らし出す。
- 遺族の「ありがとう」が、この物語の“最大の救い”である。
- 生きている今を、大切に、丁寧に扱いたくなる一冊。
――これは「死の記録」ではない。
“生きることを、もう一度考える”ための物語だ。
まとめ:死を見つめ、生を照らす物語
『エンジェルフライト』は、静かな声で、でも確かにこう告げている。
「死んだあとも、人は“誰かに会いたい存在”であり続ける」と。
国際霊柩送還士という、ほとんどの人が知らなかった仕事。
遺体を運ぶ。――言葉にすれば、それだけ。
でもその裏には、「生きていたことを尊く包み直す」という使命感と、“人間の手”でしかできないケアがある。
📘 この記事の要点を振り返る
- 原作は、ノンフィクション作家・佐々涼子が命の現場を記録した渾身の一冊。
- 実在する国際霊柩送還士たちのリアルな姿と、胸をえぐるような実話が詰まっている。
- ドラマ版はフィクションとして脚色されているが、原作の魂は確かに活かされている。
- 作者の想いは、「死は終わりではなく、生を深く考える入口である」というメッセージ。
- 読者の人生観を優しく揺さぶり、家族や命をもう一度大切に想わせてくれる作品である。
💬 読後に感じる“温度”を、あなたにも
原作を読んだあと、きっとあなたは誰かに「今、会いたくなる」だろう。
大切な人、過去の記憶、忘れていた想い…
それは、“命の灯”が、心の中でまた静かに燃え始めた証拠だ。
だからこそ、私はこの本を「人生を見つめ直したくなったときに開いてほしい一冊」として、心からおすすめしたい。
――死者が教えてくれる、生きることの意味。
それを“言葉”で再生するのが、速水優一の仕事だ。
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