『マイ・フィクション』の香坂ゆず季役は田牧そら。第7話で8年前の事件と母・香坂の動機をつなぎ、最終回では「小野さくら」として新たな人生を歩み始めます。
ただの追加キャストではありません。僕の胸に残ったのは、ゆず季の登場によって「記憶を書き換えられるか」というSF的な問いが、「自分の人生を決める権利は誰にあるのか」という、もっと切実な問題へ変わったことでした。
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『マイ・フィクション』ゆず季役は誰?田牧そらの出演を公式情報で確認
香坂睦美の娘・香坂ゆず季を演じているのは田牧そらです。
ABCテレビは2026年8月10日、国仲涼子演じる香坂睦美の娘・ゆず季役として田牧そらが出演すると正式発表しました。
公式はゆず季を「物語の鍵を握るキーパーソンの一人」と位置づけ、8月16日放送の第7話に登場すると案内しています。朝日放送テレビ+1
田牧そらの所属事務所であるトライストーン・エンタテイメントも、2026年8月10日付の本人ページで「ABC『マイ・フィクション』第7話 出演!」「香坂ゆず季役」と掲載しています。
第7話の放送日時についても、2026年8月16日(日)22時15分と公式に確認できます。Tristone Entertainment Inc.+1
ここは検索すると情報が混線しやすいポイントです。
一部の検索キャッシュでは役名表記が揺れているものもありますが、ABCテレビ公式の出演発表、公式ストーリー、トライストーンの現在の出演情報はいずれも「香坂ゆず季」です。したがって、本記事では公式の最新表記を基準に整理します。朝日放送テレビ+2朝日放送テレビ+2
ゆず季は「香坂に娘がいる」という設定だけの人物ではありません。
第7話で本人が登場し、二宮祐介(玉森裕太)と向き合うことで、香坂がなぜPersona Shift programに関わるようになったのか、その根っこにある事情が見えてきます。
つまり田牧そらの出演は、終盤の驚きを増やすためだけのゲスト登場ではありません。
香坂という人物の見え方を変え、作品全体の倫理的な問いを深める役だったのです。
田牧そらは2026年8月現在20歳
田牧そらは2006年8月2日生まれで、2026年8月現在20歳です。
トライストーンの公式プロフィールでは、生年月日のほか、英語、ギター、陸上、書道が趣味・特技として紹介されています。Tristone Entertainment Inc.
子役時代からキャリアを重ね、2023年にはBS松竹東急『カメラ、はじめてもいいですか?』で池田ミト役として主演。
同年の日本テレビ系『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』では野辺桐子、2024年のテレビ朝日系『スカイキャッスル』では山田未久を演じています。
2025年の連続ドラマW『I, KILL』ではトキ役、2026年にはNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』への出演も公式の出演履歴で確認できます。Tristone Entertainment Inc.+1
ただ、出演作品の数以上に今回印象的だったのは、田牧そらがゆず季の「静かな痛み」を担ったことでした。
ゆず季は、感情を大きく爆発させ続ける人物ではありません。
8年前の出来事を抱えたまま、自分自身を責める時間を積み重ねてきた。
だからこそ、言葉の少ない場面にも重さがあります。
僕には田牧そらの抑えた演技が、ゆず季の中だけ時間が止まっているような感覚をうまく伝えていたように感じられました。

国仲涼子とは『マドンナ・ヴェルデ』以来15年ぶりの共演
今回のキャスティングには、作品テーマの「記憶」と妙に重なる縁もあります。
田牧そらと国仲涼子は、2011年のNHKドラマ『マドンナ・ヴェルデ~娘のために産むこと~』以来、15年ぶりの共演です。
ABCテレビによると、当時4歳だった田牧そらは、国仲涼子が演じる人物の幼少期と娘役を担当しました。
そして15年後の『マイ・フィクション』で、今度は国仲演じる香坂睦美と田牧演じるゆず季が母娘として向き合うことになりました。朝日放送テレビ
この再共演が「記憶」というテーマを意識して決められたものなのか、公式にはそこまで説明されていません。
したがって、キャスティングの意図だったと断定することはできません。
それでも僕は、この偶然に少し心をつかまれました。
劇中では、母が娘の過去を消そうとする。
一方、画面の外では15年前の共演という「過去」が、もう一度よみがえる。
記憶を消す物語なのに、キャスティングは視聴者の記憶を呼び戻す。
それは偶然だとしても、『マイ・フィクション』という作品にはよく似合う再会でした。
ゆず季は第7話で何があった?8年前の室谷事件を解説
田牧そら演じるゆず季が本格登場するのは、2026年8月16日放送の第7話「愛のため、重ねた嘘」です。
ABCテレビ公式ストーリーでは、記憶を取り戻した二宮祐介が由梨(森川葵)と賢人(日影琉叶)のもとへ戻る一方、実際には津村大輔(野村周平)と石野奈々美(宮澤エマ)をニューロヴァイス側へ差し出していたことが明かされます。
二宮は、由梨と賢人には手を出さないよう香坂と交渉。
その二宮に香坂が「約束の対価」として新たな協力を求めます。
その依頼こそ、8年前に室谷隆敏(吉村界人)が起こした無差別殺傷事件に巻き込まれた娘・ゆず季の記憶に関するものでした。朝日放送テレビ+1
ここで、香坂の物語とゆず季の物語が一本につながります。
それまで香坂は、Persona Shift programを動かす側の人物として見えていました。
しかし第7話は、「なぜ香坂はそこまでして記憶改ざん技術に関わったのか」という理由を、母親としての過去から描いていきます。
8年前、ゆず季は室谷隆敏の無差別殺傷事件に巻き込まれた
ゆず季を長年苦しめていたのは、8年前に室谷隆敏が起こした無差別殺傷事件でした。
放送後の第7話レビューでは、ゆず季は友人と一緒にいた際に事件へ巻き込まれ、危険から逃げたことで自分は助かったものの、友人が命を落としたことへの強い自責を抱いていたと整理されています。ママテナ+1
重要なのは、客観的な事実とゆず季自身の受け止め方が違うことです。
危険な状況から逃げる行動を、外側にいる僕たちが「間違っていた」と簡単に責めることはできません。
人は命の危険に直面した瞬間、落ち着いて正解を選べるわけではないからです。
けれど、ゆず季の中ではそう整理できなかった。
「私は助かった」。
その事実がいつしか、
「私だけが逃げた」。
さらに、
「私が逃げたから友人が亡くなった」。
そんな自責へ変わっていったのでしょう。
事件から8年。
カレンダーは何枚もめくられたのに、彼女の心はあの日から離れられなかった。
時間は誰にでも同じ速度で進むように見えます。
けれど心だけは、ときどき一つの夜に置き去りにされます。
ゆず季は、その残酷さを背負った人物でした。

ゆず季はなぜ「記憶を消したくない」と拒んだのか
香坂が二宮に求めたのは、娘を苦しめ続けている事件の記憶を消すことでした。
母親の立場から見れば、理由は理解できます。
8年間も苦しんでいる娘がいる。
その苦しみを取り除ける技術を知っている。
しかも、その技術を扱える人間が目の前にいる。
「忘れれば、もう一度笑えるのではないか」。
そう考えてしまうのは、母として不自然ではありません。
しかし、ゆず季本人の答えは違いました。
第7話では、ゆず季が事件の記憶を消すことに抵抗する姿が描かれています。
苦しい。
忘れたいほどつらい。
それでも、亡くなった友人との記憶までなくしてしまうことを、簡単には受け入れられない。
二宮はそんなゆず季と向き合い、彼女が笑って生きてよいのだと伝えます。WEBザテレビジョンも、第7話を「記憶消去を拒むゆず季」と二宮の対話を軸に紹介しています。WEBザテレビジョン
僕は、この場面こそゆず季というキャラクターの核心だと思いました。
香坂は「苦しみを消すこと」を救いだと考える。
ゆず季は「苦しくても忘れないこと」に意味を感じている。
同じ娘の幸福を見ているはずなのに、母と娘で「救い」の定義が違うのです。
人を助けたいという気持ちは、いつも優しい顔をしています。
だからこそ厄介です。
善意はブレーキを踏み忘れることがある。
誰かを守るつもりで伸ばした手が、いつの間にかその人のステアリングまで握ってしまう。
『マイ・フィクション』は、ゆず季を通してその危うさを描いたのだと僕は感じました。
記憶を書き換えている最中、賢人の誘拐事件が起きる
最終的にゆず季への処置は進められます。
一方その頃、室谷が逃亡。
そして二宮の息子・賢人が狙われる事態へ発展します。
放送内容をまとめた記事では、二宮がゆず季の記憶を書き換えている最中、由梨から賢人が室谷に誘拐されたとの連絡を受ける流れが確認できます。ciatr
二宮は賢人のもとへ向かい、第7話終盤はさらに大きな秘密へつながっていきます。
ここで面白いのは、ゆず季の処置が単独のエピソードとして完結しないことです。
「記憶を変えれば大切な人を救える」。
そう信じていた人物たちの周囲で、次々と別の記憶、別の秘密、別の人生が崩れ始めます。
ひとつの記憶に手を入れれば、人生のほかの部分まで動き出す。
まるで一枚だけ抜くつもりだった積み木が、塔全体を揺らしてしまうようでした。

ゆず季の事件は香坂睦美をなぜ変えた?
ゆず季の存在は、母・香坂睦美を理解するうえでも欠かせません。
第6話までの香坂だけを見ると、彼女は記憶改ざん計画に深く関与する、冷徹な管理者のようにも見えます。
しかし、最初からPersona Shift programを支持していたわけではありません。
ABCテレビは田牧そらの出演発表時、犯罪者の記憶を改ざんして社会復帰させる計画に対し、香坂は当初「人権侵害」だとして反発していたと説明しています。
ところが、その後はプロジェクトへ参加する側に回る。
公式もその変化には「あるきっかけ」があったと予告していました。朝日放送テレビ
その背景として第7話で示されたのが、8年前の室谷事件と、娘・ゆず季が抱え続けた苦しみです。
ここで香坂の行動には、一本の筋が通ります。
最初は「人の人格を勝手に変えるなんて許されない」と考えていた。
しかし、自分の娘が消せない記憶によって苦しみ続けた。
記憶を変える技術が、人を壊す道具ではなく「苦しみから救う道具」にも見え始めた。
この変化は理解できます。
ただし、理解できることと肯定できることは別です。
僕はここを分けて考える必要があると思います。
娘を救いたい。
笑顔を取り戻してほしい。
その願い自体を「悪」と呼ぶのは乱暴でしょう。
しかしPersona Shift programは、香坂とゆず季だけの問題ではありません。
重罪受刑者の記憶を書き換え、別の人物として社会へ送り出す仕組みそのものが、他人の人格や人生を大きく変えるものとして描かれています。
二宮祐介もまた、この技術に巻き込まれ、やがて自ら「伊川正樹」という人生を選ぶことになります。
つまり香坂は、
「記憶を変えることは人権侵害だ」
という場所から、
「正しく使えば人を救える」
という場所へ移っていった。
僕が怖いと思ったのは、その変化です。
悪意が人を越境させる物語なら、まだ分かりやすい。
でも香坂を動かしたのは、娘への愛でした。
愛には、自分の行動を正しいと思わせる力があります。
だからこそ、香坂は単純な悪役ではありません。
むしろ「大切な人のため」という、誰もが理解できる気持ちから境界線を越えていく。
その構造こそ、『マイ・フィクション』が描いた一番身近な恐怖だったのではないでしょうか。
最終回でゆず季はどうなった?「小野さくら」として新しい人生へ
『マイ・フィクション』は、2026年8月23日放送の第8話で最終回を迎えました。
最終話の公式あらすじでは、7年前に二宮由梨と津村大輔が婚約関係にあった事実、由梨の失われた記憶、二宮祐介が隠していた真実が中心に据えられています。朝日放送テレビ+1
ゆず季について重要なのは、その後です。
放送後の最終話レビューでは、記憶を書き換えられたゆず季が、「小野さくら」という新しい人物として生活していることが確認されています。ciatr+1
ここは情報の出どころを丁寧に分けておきます。
ABCテレビ公式の最終話あらすじは放送前の紹介文であり、「小野さくら」という名前までは掲載していません。
「小野さくら」という名前と、ゆず季が別人として生活する結末は、最終話本編の放送内容を整理した放送後レビューで確認できる情報です。
この区別をしておくと、「公式あらすじに最初から書いてあった」と誤解せずに済みます。
そして僕は、この結末を単純なハッピーエンドとして受け取れませんでした。
香坂が最初に求めたのは、8年前の事件の苦しい記憶から娘を解放することでした。
しかし最終的に描かれたのは、事件の記憶だけを取り除いて「香坂ゆず季」の人生をそのまま続ける姿ではありません。
別の名前を持つ「小野さくら」として生きる姿です。
ここには大きな違いがあります。
記憶というのは、嫌な出来事だけを入れておく箱ではありません。
自分が誰の娘だったのか。
どんな友人がいたのか。
誰と笑ったのか。
何に傷つき、何を大切だと思うようになったのか。
そうした断片が積み重なって、「自分」という輪郭をつくっています。
だから、苦しい記憶を消すことと、人格を別の人生へ移すことは同じではありません。
第7話でゆず季は一度、忘れることへの抵抗を示しました。
その後、二宮との対話を経て記憶への処置が行われます。
しかし最終回の「小野さくら」という結末まで見ると、視聴者はもう一度問い直すことになります。
彼女は救われたのか。
それとも「救う」という名目で、香坂ゆず季としての人生を終わらせられたのか。
僕は、どちらか一方だけではないと思います。
苦しみから解放された部分はある。
一方で失ったものもある。
だからこそ、この結末には光と影が同時に残るのです。

考察|田牧そら演じるゆず季が『マイ・フィクション』の問いを変えた
僕は、ゆず季の重要性は登場時間の長さでは測れないと思っています。
なぜなら彼女が現れたことで、Persona Shift programをめぐる問いの向きが変わったからです。
それまでの計画は、犯罪者の記憶を書き換えて別人として社会復帰させる仕組みとして語られていました。
視聴者が考えるのは、
「犯罪者の人格を変えることは許されるのか」
「罪を犯した記憶を失った人間は、同じ人物なのか」
という問題です。
ところが、ゆず季は犯罪者ではありません。
事件に巻き込まれ、傷ついた側です。
ここで問いが反転します。
加害者の記憶を変えることが倫理的に問題なら、苦しんでいる被害者の記憶を消すことなら許されるのか。
一見すると、こちらは善意です。
苦しみをなくしてあげたい。
もう自分を責めなくていい人生を渡したい。
母・香坂が願ったことも、二宮がゆず季へ向き合った理由も、その延長線上にあるのでしょう。
しかし、ゆず季は最初から無条件に望んだわけではありません。
ここが重要です。
もし本人が「事件を完全に忘れたい」と一貫して望んでいたなら、物語はまだ「治療を選ぶ自由」の話として整理しやすかったでしょう。
でもゆず季には、
忘れたくない。
それでも苦しい。
亡くなった友人のことまで消してしまってよいのか分からない。
そんな矛盾があります。
人間の記憶は、スマートフォンの不要な写真とは違います。
つらい部分だけを選び、「削除」を押せば終わるわけではない。
苦しい経験によって身についた優しさもある。
失った人との時間から生まれた価値観もある。
傷そのものを肯定する必要はありません。
けれど、その傷を経験した自分まで消してしまえば、「苦痛がなくなった」という一言だけでは測れないものが失われる可能性があります。
だから僕がゆず季の物語から最も強く受け取ったのは、
「記憶を書き換える技術が正しいか」ではなく、「誰が決めるのか」が最も重要なのではないか
という問いでした。
香坂と二宮は「愛するから決める」という同じ場所に立っている
さらに最終回まで見ると、香坂と二宮には奇妙な共通点が浮かびます。
二人とも、大切な人を守りたい。
二人とも、記憶を書き換える技術を知っている。
そして二人とも、ときに「本人が知らないほうが幸せだ」と判断してしまう。
この構造が僕にはとても重要に見えました。
大切な人が道に迷っているとき、助手席から地図を広げることはできます。
「こっちの道もあるよ」と伝えることもできる。
でも、相手が迷っているからといって、突然運転席へ手を伸ばしハンドルを奪えば、その瞬間から人生の所有者は変わってしまいます。
香坂は娘を愛していた。
二宮も愛する人を守ろうとした。
だから二人の行動には、理解できる部分があります。
同時に、その愛が相手の選択権を越えた瞬間、守ることと支配することの境目が曖昧になっていく。
『マイ・フィクション』は、悪意よりもむしろ善意の暴走を描いた作品だったのではないか。
僕はそう考えています。
「香坂ゆず季」と「小野さくら」はどちらが本当の彼女なのか
そして、もうひとつ僕の胸に残ったのが名前です。
香坂ゆず季。
小野さくら。
同じ身体を持つ一人の人間に、二つの人生が存在する。
では、どちらが本物なのでしょうか。
「今の記憶こそ本人だ」と考えるなら、小野さくらが現在の彼女です。
でも、香坂ゆず季として生きてきた時間が現実に存在したことまで消えるわけではありません。
母がいた。
友人がいた。
事件があった。
苦しんだ8年間があった。
本人が覚えていなくても、その人生は確かに存在した。
ここで作品タイトルの『マイ・フィクション』が、ゆず季にも重なって見えてきます。
誰かによってつくられた新しい記憶。
新しい名前。
新しい日常。
けれど、その「フィクション」を本人が現実として生きていくなら、それはもう偽物なのでしょうか。
答えは簡単ではありません。
僕はむしろ、答えが出ないところにこの作品の面白さがあると思っています。
苦しい過去を全部覚えている人生だけが「本物」とも言えない。
新しい記憶で笑っている人生を「全部偽物だ」と切り捨てるのも違う。
だから香坂ゆず季と小野さくらの間には、白黒では埋められない空白が残ります。
その空白こそ、最終回が視聴者へ渡した最後の宿題だったように僕には感じられました。
まとめ|『マイ・フィクション』ゆず季役・田牧そらが残したもの
『マイ・フィクション』で香坂睦美の娘・香坂ゆず季を演じたのは田牧そらです。
ABCテレビは2026年8月10日に出演を正式発表し、所属事務所トライストーン・エンタテイメントも同日付で香坂ゆず季役として出演情報を掲載しました。第7話は8月16日に放送されています。朝日放送テレビ+1
ゆず季は8年前、室谷隆敏が起こした無差別殺傷事件に巻き込まれました。
自分が逃げ、生き残った一方で友人を失ったことへの自責を抱え、その記憶から長い間離れられずにいました。
母・香坂は、娘をその苦しみから解放したいと考えます。
それが、かつて人権侵害だと反対していたPersona Shift programへ香坂が深く関わっていく背景にもつながっていました。
しかし第7話のゆず季は、「つらい記憶なら消せばいい」という単純な答えを拒みます。
苦しい。
それでも忘れたくない。
その矛盾こそ、人間の記憶らしさだったのだと思います。
そして最終回。
ゆず季は「小野さくら」という別の人生を歩む姿を見せます。ciatr+1
過去を忘れたことで笑えるようになったのなら、それを救いと呼ぶことはできるでしょう。
けれど、その笑顔を得るために失ったものの大きさも、同時に忘れてはいけない。
僕の胸に残ったのは、田牧そら演じるゆず季が、この作品の倫理をひっくり返したことでした。
犯罪者の人格を変えるのは許されない。
では、苦しんでいる人を幸福にするためなら、本人の記憶を変えてよいのか。
親なら決めてよいのか。
愛している人なら決めてよいのか。
答えは、たぶん「愛しているから」だけでは足りません。
誰かを愛することと、その人の人生を代わりに決めることは違う。
ゆず季は、その境界線に立たされた人物でした。
ドラマが終わっても僕の中には、香坂ゆず季と小野さくらという二つの名前が残っています。
片方が真実で、片方が嘘なのではない。
その二つの人生の間にある静かな空白をどう受け止めるか。
そこまで含めて、『マイ・フィクション』というタイトルなのかもしれません。
よくある質問
『マイ・フィクション』のゆず季役は誰ですか?
香坂ゆず季役は田牧そらです。
ABCテレビが2026年8月10日に正式発表し、所属事務所トライストーン・エンタテイメントも同日付で出演情報を掲載しています。朝日放送テレビ+1
ゆず季は第7話でなぜ記憶を消されることになったのですか?
ゆず季は8年前、室谷隆敏が起こした無差別殺傷事件に巻き込まれ、友人を失ったことへの強い自責を抱えていました。
母・香坂は娘をその苦しみから解放したいと考え、記憶改ざん技術を扱える二宮祐介に協力を求めます。ただし、ゆず季本人は当初、事件や亡くなった友人を忘れることに抵抗しています。朝日放送テレビ+1
最終回でゆず季はどうなりましたか?
最終話の放送後レビューでは、記憶を書き換えられたゆず季が「小野さくら」という別の人物として新しい生活を送っていることが確認されています。ciatr+1
これは単に8年前の事件だけを忘れたというより、香坂ゆず季とは異なる名前と記憶を持つ人生へ進んだことを意味します。
文:岸本 湊人
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