2006年、『Tokyo middle 30』の3人は高校1年生だった。来栖麻紀、山地遥、永野薫子は、それぞれ違う夢を語りながら「高校を出たら東京で生きていく」と決め、その後の友情につながる消火器事件を経験する。
2026年、35歳になった3人は確かに東京で暮らしている。
けれど、麻紀は専業主婦、遥はアパレルショップの店長、薫子は公立小学校の教師。高校時代に思い描いた未来とは、少し違う場所に立っている。
僕が第1話を見て強く感じたのは、2006年の回想が単なる「懐かしい青春シーン」ではないということだ。
消火器事件も、3人の夢も、約20年後の35歳を理解するための重要な伏線になっている。
この記事では、『Tokyo middle 30』の高校時代がなぜ2006年なのか、3人は何を夢見ていたのか、そして小杉陸をめぐる消火器事件がどうして3人の友情の始まりになったのかを、公式情報と第1話の内容をもとに整理する。
さらに僕なりに、「3人とも東京には来たのに、なぜ“あの頃の未来”には立てなかったのか」という視点から、この高校時代の描写を考察していきたい。
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- 『Tokyo middle 30』の高校時代はいつ?2006年の3人に何があった?
- 麻紀・遥・薫子は高校時代に何を夢見ていた?
- 『Tokyo middle 30』の消火器事件とは?小杉陸をめぐって何が起きた?
- 消火器事件の後、なぜ3人は「ズッ友」になった?
- 『Tokyo middle 30』2006年と2026年を比べると何が違う?
- 麻紀の高校時代の夢は2026年にどう残っている?
- 遥の「ミュージシャン」という夢はなぜ重要なのか?
- 薫子の高校時代の「完璧な人生設計」はなぜ崩れた?
- 「3人とも東京に来た」のに、なぜ“あの頃の未来”には立てなかった?
- 消火器事件は35歳の3人に何を残した?僕なりの考察
- 2006年のプロフィール帳が示す「昔の自分」と現在の自分
- 第5話・第6話を見ると、高校時代の夢が現在に戻ってくる
- 『Tokyo middle 30』高校時代を見るときに注目したい3つのポイント
- 考察|『Tokyo middle 30』が描くのは「夢の失敗」ではなく「人生の再選択」
- 『Tokyo middle 30』高校時代に重大な秘密はある?
- よくある質問
- まとめ|2006年の3人が残したのは、夢と友情の原点だった
『Tokyo middle 30』の高校時代はいつ?2006年の3人に何があった?
結論から言うと、『Tokyo middle 30』の高校時代は2006年。
第1話では、地方都市に暮らす高校1年生の来栖麻紀、山地遥、永野薫子が登場し、将来の夢を語り合っている。麻紀を演じるのは岡本望来、遥は崎浜梨瑚、薫子は梨里花だ。
現在の麻紀は「佐倉麻紀」だが、高校時代は旧姓の「来栖麻紀」として描かれる。
この点は、人物名を検索するときに意外と見落としやすい。
僕も第1話を振り返るなら、「佐倉麻紀の高校時代」というより、“来栖麻紀がまだ何者でもなかった頃”として見るほうが、この作品の時間軸をつかみやすいと思う。
2006年の3人は、まだ35歳の現実を知らない。
東京へ行けば、きっと未来は輝いている。
そんな感覚を持ちながら、それぞれの夢を口にする。
- 麻紀は、結婚せずにバリバリ働く未来
- 遥は、ミュージシャンになる未来
- 薫子は、大学卒業後に結婚し、子ども2人と猫と暮らす未来
3人は同じ人生を目指していたわけではない。
ただ、「高校を出たら東京で生きていく」という一点だけは共通していた。

ここに、このドラマの高校時代を読む大きなポイントがある。
3人にとって東京は「夢そのもの」ではなく、夢を実現するための舞台だった。
麻紀は仕事のため。
遥は音楽のため。
薫子は理想の家庭を築くため。
だからこそ、20年後に3人とも東京にいるという事実が、かえって切なく見える。
目的地には着いた。
でも、そこで見つけた人生は違った。
麻紀・遥・薫子は高校時代に何を夢見ていた?
2006年の3人の夢を整理すると、現在との違いがかなり鮮明になる。
人物 2006年の夢 2026年の現在
来栖麻紀/佐倉麻紀 結婚せず、バリバリ働く 5歳の息子を育てる専業主婦
山地遥 ミュージシャンになる アパレルショップの店長
永野薫子 結婚、子ども2人、猫、世田谷のマンション 公立小学校教師、義孝と結婚生活
麻紀は、高校時代から結婚や出産よりも自分の力でキャリアを築くことを優先するタイプだった。
公式プロフィールでも、努力の末に夢の仕事を手に入れたものの、思いがけない妊娠を経て、現在は5歳の息子を育てる専業主婦になったと説明されている。
つまり麻紀の場合、「夢をかなえられなかった」という単純な話ではない。
一度は夢の仕事を手に入れている。
そのうえで、人生の事情によって別の道へ進んだ。
だから現在の麻紀が仕事への思いを抱えていることには、単なる「専業主婦への不満」ではない重さがある。
高校時代の自分が描いた人生を、彼女自身が覚えているからだ。
遥はミュージシャンを夢見ていた。
しかし現在はアパレルショップの店長として働いている。
こちらも、生活が破綻しているわけではない。
仕事を持ち、店長という立場にもいる。
それでも、心の奥には「本当は何になりたかったのか」という問いが残っている。
フジテレビ公式も、遥について、ミュージシャンの夢を破り、アパレルの仕事に追われながら将来への不安を抱えている人物として紹介している。
そして薫子は、3人の中でも特に具体的な人生設計を持っていた。
大学を卒業したら結婚。
子どもは2人。
猫を飼う。
世田谷のマンションで暮らす。
まるで人生の予定表を先に作っているような高校生だった。
ところが現実は、その予定表から大きくずれていく。
僕が面白いと思うのは、3人とも「夢を持っていなかった」のではなく、むしろ夢をかなえるために東京へ来たのに、その東京で人生の誤差が広がっていったことだ。
これは「夢と現実」の物語であると同時に、「自分で選んだ人生をどう受け止めるか」の物語でもあると思う。
『Tokyo middle 30』の消火器事件とは?小杉陸をめぐって何が起きた?
『Tokyo middle 30』の高校時代を語るうえで外せないのが、3人が親友になるきっかけとなった消火器事件だ。
第1話完全版によると、3人が仲良くなったきっかけは、同じクラスの男子・小杉陸を取り合ったことだった。小杉陸を演じたのは西山蓮都。
きっかけは家庭科の授業。
3人はクッキーを作り、それぞれ小杉陸に渡そうと競い合う。
恋のライバルだったわけだ。
そして、先にクッキーを渡したのは薫子だった。
ところが、その後に陸が友人たちと薫子について話しているところを、麻紀たちが聞いてしまう。
薫子は傷つく。
そこで麻紀が怒った。
そして、消火器事件が起こる。
麻紀が消火器を使って陸たちを真っ白にし、遥と薫子も加勢。
この出来事をきっかけに3人は意気投合し、親友になったと第1話完全版で説明されている。
ここで大切なのは、消火器そのものではない。
僕は、この事件の本質は「恋のライバルだった3人が、誰かを守る側に回ったこと」だと考えている。
最初の3人は、同じ男子を好きになった競争相手だった。
ところが薫子が傷ついた瞬間、麻紀が陸との恋愛競争よりも薫子への怒りを優先した。
遥もそこに加わる。
結果として3人は、小杉陸をめぐる「恋敵」ではなくなった。
そこから「ズッ友」になる。
この関係性の変化が、消火器事件の本当の意味なのだと思う。
もちろん、現実の学校生活で消火器を使う行為を肯定する話ではない。
あくまでドラマの中で描かれる、2006年の青春エピソードだ。
でも脚本上の意味を考えるなら、かなり分かりやすい。
3人の友情は、きれいな握手から始まったのではなく、感情を爆発させた事件から始まった。
だから20年近く経っても、忘れにくい。

消火器事件の後、なぜ3人は「ズッ友」になった?
フジテレビ公式は、3人について高校の同級生で、“ある事件”をきっかけに強く結ばれ、“ズッ友”を誓い合った親友だと紹介している。
ここには2006年という時代設定も効いている。
3人は高校生。
未来はまだ遠い。
東京へ行く。
仕事をする。
恋愛をする。
結婚する。
そんな人生の予定を、まだ現実の重さを知らずに話せる時期だ。
だから「ずっと友達」という約束も、当時は本当にずっと続くと思っていたはずだ。
でも、人生はそこで止まらない。
卒業する。
上京する。
仕事が始まる。
恋人ができる。
結婚する。
子どもが生まれる。
そして、それぞれの生活が忙しくなっていく。
公式の第1話あらすじでも、3人は高校卒業後にそれぞれの道を歩み、約20年後の35歳で再会する設定になっている。
第1話完全版では、麻紀が宗太を出産した頃に3人が会って以来、音信不通になっていたと説明される。
そして2026年、麻紀の夫・宗司が営む美容クリニックで偶然3人が再会する。
僕は、この「偶然の再会」がかなり象徴的だと思う。
3人は高校時代に「東京で生きていく」と約束した。
実際に3人とも東京へ来た。
でも、東京に来た後は別々の生活になった。
つまり、約束は果たしたのに、友情のほうが一度途切れてしまった。
ここに、このドラマの少し苦いリアリティがある。
夢はかなった。
約束もかなった。
それなのに、人間関係はその通りにならない。
人生には、そういうことがある。
『Tokyo middle 30』2006年と2026年を比べると何が違う?
2006年と2026年を並べて見ると、このドラマが描こうとしているものがさらに分かりやすくなる。
2006年の3人には、「これから」があった。
2026年の3人には、「これまで」がある。
この違いは大きい。
高校生の麻紀は、自分は結婚せずに仕事をすると思っていた。
35歳の麻紀は、結婚し、5歳の息子を育てている。
高校生の遥は、ミュージシャンになるつもりだった。
35歳の遥は、アパレルショップの店長だ。
高校生の薫子は、結婚して子ども2人と猫と暮らす人生を想像していた。
35歳の薫子は、東京の公立小学校で教師として働き、義孝との結婚生活に向き合っている。
そして面白いのは、3人とも東京にいること。
フジテレビ公式も、「何がなんでも上京する」と約束した3人が、約20年後には確かに東京で暮らしているものの、思い描いた未来とは少し違う現実にいると説明している。
つまり、東京へ行くという目標は達成している。
ここを僕はかなり重要だと思っている。
もし東京に行けなかったなら、「夢をかなえられなかった話」で終わる。
でも3人は行った。
だから『Tokyo middle 30』が描いているのは、夢の失敗ではなく、夢のその先にある人生のズレなのだ。

麻紀の高校時代の夢は2026年にどう残っている?
僕が3人の中で特に高校時代と現在のつながりを感じるのが麻紀だ。
高校生の麻紀は、結婚せずにバリバリ働く未来を思い描いていた。
ところが現在は専業主婦。
夫は美容外科医で、5歳の息子・宗太を育てている。
外から見ると、かなり恵まれた生活にも見える。
でも、本人の中には「社会とつながっていたい」という思いが残っている。フジテレビ公式も、麻紀がキャリアへの未練を抱えていることを明記している。
第5話では、その思いがかなりはっきり表面化する。
麻紀は息子のための療育施設を見学する中で、隣の保護者から「私の人生、どこ行っちゃったんだろー」と聞き、その言葉が頭から離れなくなる。
その後、夫の宗司に仕事へ復帰したいと相談するが、宗司は強く反対する。
そして第6話では、以前の勤務先で一緒だった絹川早苗に誘われ、麻紀は夫に内緒で働き始める。
出社した麻紀は、忙しいながらも活き活きと仕事に取り組む。
ここを見ると、2006年の高校生・麻紀と2026年の35歳・麻紀が一本につながる。
高校時代の夢が、そのまま現在に戻ってきたと考えることもできる。
もちろん、「高校時代の夢があったから復職した」と公式が説明しているわけではない。
そこは事実と僕の解釈を分けておきたい。
ただ、過去のプロフィールと現在の行動を並べると、麻紀が仕事を求める気持ちには20年前から続く何かがあるように見える。
僕はここに、この作品のリアリティがあると思う。
夢は消えるのではない。
生活の奥にしまわれることがある。
そして、何かをきっかけにまた顔を出す。
遥の「ミュージシャン」という夢はなぜ重要なのか?
遥の高校時代の夢は、ミュージシャンになることだった。
しかし2026年の彼女はアパレルショップの店長。
一見すると、夢と現在の距離はかなり遠い。
でも、僕は「夢をかなえられなかった」という一言だけでは遥を語れないと思っている。
店長として働いている以上、彼女には現在の仕事がある。
ただ、それが高校生の自分が思い描いた人生ではなかった。
ここに、35歳という年齢の難しさがある。
20代なら、「これから夢を追えばいい」と言いやすい。
でも35歳になると、仕事の責任も生活費も人間関係もある。
夢だけを追いかけるわけにはいかない。
それでも、夢を忘れたふりをすることも難しい。
だから遥は、麻紀とは違う形で「自分らしい人生とは何か」という問いを抱えているように見える。
第4話では、遥が藤川晃之助との関係について麻紀や薫子から心配され、「ちょっとくらい羽目外したっていいじゃん」と言い返す場面がある。
第6話では、晃之助との距離が近づく一方、長時間一緒にいられない不安定な関係にストレスを感じ、さらにマンションの更新時期も重なっている。
恋愛でも仕事でも、遥は「自分が本当に欲しいもの」を探している。
高校時代に音楽という分かりやすい夢があったからこそ、現在の迷いがより鮮明に見えるのだと思う。
薫子の高校時代の「完璧な人生設計」はなぜ崩れた?
薫子は、高校時代からかなり具体的な人生設計を描いていた。
大学卒業。
結婚。
子ども2人。
猫。
世田谷のマンション。
このプランは、単なる「結婚したい」という願望よりずっと具体的だ。
だからこそ、現在の薫子を見ると胸に残る。
公式プロフィールによれば、薫子は東京の公立小学校で教師として働いている。
仕事は続いている。
しかし、結婚については思い通りにならず、義孝との関係に迷いや不安を抱えてきた。
そして第4話では、妊娠をきっかけに義孝がプロポーズし、両家顔合わせまで進む。
しかし、その後の第5話では薫子が流産を経験する。
義孝との関係や、自分が何を望んでいるのかを見つめ直すことになる。
薫子が麻紀と遥に語る「誰かと一緒に生きることは、自分の想いや自分の生き方を捨てることではない」という思いは、彼女自身の人生観が変わり始めたことを示している。
そして第6話では、子どもの頃からの夢だった「猫を飼うこと」を義孝に相談する。
ところが義孝は魚を飼っているから猫は無理だと考える。
高校時代から続く夢が、35歳になっても残っている。
ここが僕には印象的だった。
人生設計は崩れても、夢の断片は消えない。
猫を飼うという小さな夢でさえ、彼女にとっては「昔の自分が欲しかった生活」の象徴なのかもしれない。

「3人とも東京に来た」のに、なぜ“あの頃の未来”には立てなかった?
ここが僕の一番大きな考察だ。
『Tokyo middle 30』は、「東京に行けば夢がかなう」という物語ではない。
むしろ、東京に行った後こそ人生が始まるという話だと思う。
2006年の3人にとって、東京はゴールだった。
でも2026年の3人にとって、東京は日常になっている。
街に慣れる。
仕事をする。
恋人と暮らす。
結婚する。
子どもを育てる。
そうやって日々を積み重ねるうちに、「東京へ行く」という大きな夢は、いつの間にか生活の一部になる。
そしてある日、ふと気づく。
「あれ? 私はこんな人生を想像していたっけ?」
僕は、ここに35歳という設定の意味があると思う。
35歳は、まだ若い。
でも、10代の頃に思い描いた未来を一度振り返るには十分な時間が経っている。
20年という時間は長い。
高校1年生だった人が、35歳になる。
その間に、夢が変わることもある。
夢がかなうこともある。
夢を諦めることもある。
そして、諦めたと思っていた夢が、突然戻ってくることもある。
人生のステアリングを切る角度は、年齢によって変わる。
2006年は、まっすぐ東京へ向かえばよかった。
2026年は、東京の中でもどの道を選ぶのかが問題になる。
僕には、この違いが『Tokyo middle 30』の高校時代と現在をつなぐ最大のポイントに見える。
消火器事件は35歳の3人に何を残した?僕なりの考察
ここからは、確認できた事実を踏まえた僕の私見だ。
僕が消火器事件を見ていて面白いと思うのは、「3人が仲良くなった事件」以上に、3人の友情の性質が最初から描かれていることだ。
麻紀は、薫子が傷ついたときに動いた。
遥と薫子も加わった。
3人はその瞬間、個人ではなく「3人」として行動している。
そして、その強烈な記憶が友情の原点になった。
これは35歳になった今にもつながっている。
第5話で薫子が流産を経験したとき、麻紀と遥は彼女のもとへ駆けつける。
第5話の公式ストーリーでも、退院した薫子を2人が迎えに行き、薫子の言葉を麻紀と遥が受け止める展開が描かれている。
もちろん、これを「消火器事件の直接的な再現」と公式が説明しているわけではない。
そこは僕の読みだ。
でも、高校時代から現在までを見ると、困っている友達を一人にしないという関係性が確かに見える。
2006年は、消火器を使って一緒に騒いだ。
2026年は、人生の問題を一緒に抱える。
行動の形は変わった。
でも、友情の根っこは同じなのかもしれない。
僕は、この変化が好きだ。
高校生の友情は勢いで成立する。
35歳の友情は、事情を抱えたまま成立する。
仕事がある。
家庭がある。
恋愛がある。
自分自身の悩みもある。
それでも友達のところへ行く。
だから「ズッ友」という高校時代の言葉が、35歳になると少し違う意味を持つ。
ずっと一緒にいることではない。
ずっと同じ人生を歩くことでもない。
離れても、必要なときに戻れること。
僕には、そんな友情として3人が描かれているように見える。
2006年のプロフィール帳が示す「昔の自分」と現在の自分
『Tokyo middle 30』では、放送前から3人の2006年と現在を比較するプロフィール帳が展開されていた。
渋谷駅には、3人が2006年の高校生時代に書いたものと、35歳になった現在のものを並べた展示も登場した。プロフィール帳は平成を象徴するアイテムとして紹介されている。
この仕掛けは、このドラマのテーマとかなり相性がいい。
プロフィール帳というのは、自分が何者なのかを友達に書いて渡すものだ。
好きなもの。
将来の夢。
性格。
好きな人。
あの頃は、未来を言葉にできた。
「私はこうなりたい」と書けた。
でも35歳になると、そう簡単には書けない。
今の仕事。
今の家庭。
今の恋愛。
今までに諦めたこと。
これから挑戦したいこと。
全部を一言で説明するのが難しくなる。
だから僕は、2006年のプロフィール帳と2026年のプロフィール帳の差そのものが、このドラマの核心を表しているように感じる。
高校生の頃は「未来」を書いた。
35歳では「現実」を書く。
そして、その2枚を並べると、自分がどこから来て、どこで道を変えたのかが見える。
これは単なる懐古ではない。
過去の自分と現在の自分を比較することで、これから何を選ぶかを考えるための仕掛けなのだと思う。
第5話・第6話を見ると、高校時代の夢が現在に戻ってくる
第5話以降では、3人の人生が大きく動き始める。
薫子は流産を経験し、義孝との関係と自分自身の生き方を考え直す。
麻紀は仕事への復帰を望み、夫との価値観の衝突が表面化する。
遥は藤川晃之助との関係を深めながらも、その不安定さに揺れる。
そして第6話では、麻紀が以前の勤務先で一緒だった絹川早苗に誘われ、夫に内緒で働き始める。
一方、薫子は高校時代からの夢だった「猫を飼うこと」を義孝に相談する。
遥もまた、恋愛と住まいをめぐる現実に直面する。
ここまで来ると、2006年の夢が単なる設定ではないことが分かる。
麻紀の「仕事」。
薫子の「家庭」。
遥の「自分らしい生き方」。
高校時代に口にしていたものが、35歳の現在でも形を変えて残っている。
夢は、消えたのではなかった。
人生の下に埋まっていただけだった。
何かの拍子に、それがまた顔を出す。
僕は、この構造が『Tokyo middle 30』の高校時代を描く最大の理由だと思っている。
『Tokyo middle 30』高校時代を見るときに注目したい3つのポイント
第1話をもう一度見るなら、僕は次の3点に注目したい。
1.3人が「同じ夢」を見ていないこと
3人は東京を目指している。
でも、東京で何をするかは違う。
麻紀は仕事。
遥は音楽。
薫子は家庭。
この違いが、35歳になったときの人生の差につながる。
2.消火器事件の前後で関係が変わること
事件の前は恋のライバル。
事件の後は親友。
つまり、第1話の高校時代は、3人が「友達になる瞬間」を描いている。
これは現在の3人の関係を見るための重要な出発点だ。
3.「東京に行く」がゴールではないこと
3人は実際に東京へ行った。
それでも「あの頃の未来」には立っていない。
だから物語の問いは、「夢をかなえたか」ではない。
「今の自分は、本当に自分が選びたい人生を生きているのか」だと僕は思う。
ここを意識して見ると、2006年の回想シーンが一気に違って見えてくる。
考察|『Tokyo middle 30』が描くのは「夢の失敗」ではなく「人生の再選択」
ここまで整理して、僕が一番強く感じることを最後に書きたい。
『Tokyo middle 30』の3人は、夢に失敗した女性たちではない。
むしろ、夢をかなえた部分もある。
東京には来た。
麻紀は夢だった仕事も手に入れた。
薫子は教師になった。
遥も仕事を続け、店長になっている。
それでも、人生は高校時代に書いたプロフィール帳の通りにはならなかった。
僕は、ここがすごくリアルだと思う。
人生には「成功」と「失敗」の二択しかないわけではない。
ある時点では正しいと思った選択が、10年後には違って見えることもある。
逆に、当時は遠回りだと思ったことが、後から自分を支えてくれることもある。
麻紀にとって、専業主婦として息子を育てた時間は、キャリアを失った時間とも言える。
でも同時に、母親として生きた時間でもある。
遥にとって、ミュージシャンになれなかったことは夢の挫折かもしれない。
でも、アパレルの現場で積み上げた経験もまた、彼女の人生だ。
薫子にとって、理想通りの結婚生活にならなかったことは計画の崩壊だった。
でも、その崩壊があったからこそ、自分の本当の気持ちと向き合う必要が生まれた。
だから僕は、3人の現在を「夢を諦めた結果」とは見たくない。
むしろ、一度決めた人生を、35歳になってもう一度自分で選び直す物語だと思っている。
2006年の高校生は、未来を選んだ。
2026年の35歳は、過去を抱えながら未来をもう一度選ぶ。
この違いが、この作品を単なる青春回想ドラマにしていない。
そして消火器事件も同じだ。
あの出来事は、3人の友情の原点。
20年近い時間が経っても、その記憶は残る。
でも、友情そのものは形を変える。
高校生の頃は、毎日一緒にいることが友情だった。
35歳になると、何年も会わなくても、必要なときに支え合えることが友情になる。
僕には、そこがこのドラマの一番温かい部分に見える。

『Tokyo middle 30』高校時代に重大な秘密はある?
ここは、検索している読者が気になりやすい部分なので、事実と考察を分けておきたい。
2026年8月29日時点で、フジテレビ公式が公開している情報では、2006年の3人に「重大な秘密」があったとは明かされていない。
公式に確認できる高校時代の重要な出来事は、地方都市の高校で同級生だったこと、3人がそれぞれ将来の夢を持っていたこと、同じ男子・小杉陸を好きになったこと、そして消火器事件をきっかけに親友になったことだ。
したがって、「高校時代に実は○○があった」といった未確認情報を断定するのは避けたい。
ドラマは今後も続くため、過去について新しい事実が描かれる可能性そのものは否定できない。
ただ、現時点では「秘密」を探すより、すでに描かれている2006年の夢と友情に注目したほうが、この作品を正確に理解できると僕は考えている。
よくある質問
『Tokyo middle 30』の高校時代は何年?
2006年。
第1話では、地方都市に暮らす高校1年生の来栖麻紀、山地遥、永野薫子が将来の夢を語り、高校卒業後は東京で生きていくことを決めている。
『Tokyo middle 30』の消火器事件とは?
3人が同じクラスの男子・小杉陸を好きになり、恋のライバルになったことがきっかけで起きた高校時代の出来事。
家庭科で作ったクッキーを陸に渡した薫子が、その後、陸たちから「ダサい」とからかわれていることを知り、麻紀が怒って消火器を使う。遥と薫子も加勢し、その事件をきっかけに3人は意気投合して親友になったと第1話完全版で紹介されている。
麻紀・遥・薫子は高校時代に何を夢見ていた?
麻紀は結婚せずにバリバリ働くこと、遥はミュージシャンになること、薫子は大学卒業後に結婚し、子ども2人、猫、世田谷のマンションで暮らすことを思い描いていた。
3人は高校卒業後、本当に東京へ行った?
はい。
フジテレビ公式では、3人が地方の小さな都市から「何がなんでも上京する」と約束し、約20年後の35歳では実際に東京で暮らしている設定になっている。
35歳の3人は高校時代の夢をかなえた?
完全にそのままかなえたわけではない。
麻紀は現在専業主婦、遥はアパレルショップ店長、薫子は公立小学校教師で、それぞれ高校時代に思い描いた未来とは違う人生を歩んでいる。
ただし、これは単純な「失敗」ではない。
麻紀は夢だった仕事を一度手に入れており、薫子は教師として働き、遥もアパレルの仕事で店長になっている。
僕は、この「かなえた部分と、かなわなかった部分が同時にある」ことこそ、35歳のリアルさだと思っている。
まとめ|2006年の3人が残したのは、夢と友情の原点だった
『Tokyo middle 30』の高校時代は2006年。
高校1年生だった来栖麻紀、山地遥、永野薫子は、それぞれ違う未来を思い描いていた。
麻紀は、結婚せずにバリバリ働く。
遥は、ミュージシャンになる。
薫子は、結婚して子ども2人と猫と暮らす。
そして3人に共通していたのが、「高校を出たら東京で生きていく」という夢だった。
その3人が親友になったきっかけが、同じ男子・小杉陸をめぐる消火器事件。
クッキーをきっかけに恋のライバルとなった3人は、薫子が傷ついたことをきっかけに関係を変える。
麻紀が怒り、遥と薫子も加わる。
そして3人は、恋敵ではなく親友になった。
それから約20年。
3人は確かに東京にいる。
でも、2006年に想像した未来とは少し違う。
麻紀は専業主婦。
遥はアパレルショップの店長。
薫子は公立小学校の教師。
そして35歳になった3人は、それぞれ仕事、恋愛、家庭の問題を抱えながら、自分の人生を見つめ直している。
僕がこのドラマの高校時代を見て一番感じたのは、人生は「夢をかなえたか、かなえなかったか」だけでは測れないということだ。
3人は東京へ行った。
夢の舞台には立った。
でも、その後の人生は予定表通りには進まなかった。
だから35歳の今、必要なのは2006年の自分に戻ることではない。
2006年の自分が何を望んでいたのかを思い出して、2026年の自分がこれから何を選ぶのかを考えることなのだと思う。
麻紀にとっては、仕事と家庭をどう両立するのか。
遥にとっては、夢を失った自分とどう付き合うのか。
薫子にとっては、誰かと生きることと、自分らしく生きることをどう両立するのか。
3人の答えは、まだ一つではない。
だから面白い。
そして、消火器事件から始まった友情も、20年という時間を経て別の形になっている。
高校生の頃は、毎日一緒にいることが「ズッ友」だった。
35歳では、何年も離れていても、必要なときにそばにいることが友情になる。
僕はそこに、10代の青春とは違う、大人の友情の強さを感じる。
2006年の教室で語っていた夢は、もう昔の話だ。
でも、そのときの言葉は完全には消えていない。
夢は眠っているだけかもしれない。
人生のどこかで、もう一度目を覚ますことがある。
ステアリングを切る角度は、人生の選択に似ている。
高校生の頃は、東京という一つの目的地へ向かって走ればよかった。
35歳になった今は、同じ東京の中でも、どの道を進むのかを自分で決めなければならない。
その道が、2006年に想像していたものと違っていてもいい。
一度曲がった道を、もう一度曲がり直してもいい。
遠回りしたっていい。
僕には、『Tokyo middle 30』の高校時代は、そんなことを静かに教えてくれる時間に見える。
消火器事件は、3人の友情の始まりだった。
2006年の夢は、35歳の現在を照らす原点だった。
そして東京は、夢のゴールではなかった。
そこから先の人生を、自分で選び続けるためのスタート地点だったのだと思う。
高校生だった3人は、自分たちが20年後にどんな人生を歩いているのか知らなかった。
でも、今の3人には一つだけ、高校生の頃にはなかったものがある。
それは、自分の人生が思い通りにならないことを知った経験だ。
僕は、それを「失敗」とは呼びたくない。
むしろ、人生をもう一度選び直すための財産だと思う。
2006年に東京を目指した3人が、2026年の東京でどんな道へステアリングを切るのか。
その先に待っている景色を、僕はこれからも見届けたい。
ドラマが終わったあとも、2006年の教室で語り合った3人の声だけは、僕の中に静かに残り続ける気がしている。
署名:ドラマ見届け人・湊
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