名作『あにいもうと』の原作小説を深掘り!室生犀星が描いた複雑な人間模様を考察

多摩川の河原を背景に激しくにらみ合う兄と妹 文学作品
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室生犀星『あにいもうと』は、死産を経験したもんと、元恋人を殴った兄・伊之が激突する家族小説です。

原作では、兄の暴力によって流産したのではありません。小畑の訪問、伊之の報復、もんの反発という正確な時系列を押さえると、作品が描く「愛情と支配の境界」が鮮明に見えてきます。

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  1. 室生犀星『あにいもうと』の原作とは?
  2. 『あにいもうと』原作のあらすじは?出来事を時系列で解説
    1. もんは小畑との子を死産している
    2. 小畑がもんの留守中に赤座家を訪ねる
    3. 伊之が小畑を殴る
    4. もんが兄につかみかかる
  3. 原作の登場人物は?赤座家と小畑の関係
    1. もん|自分の傷を兄に所有させない妹
    2. 伊之|妹への情を暴力へ変える兄
    3. 小畑|謝罪しても責任から逃れられない学生
    4. 父・赤座平右衛門|殴らないことを選んだ人夫頭
    5. 母・りきと妹・さん|兄妹の外側にいる家族
  4. 『あにいもうと』原作の結末は?兄妹は和解したのか
  5. 原作と1953年・1972年・2018年版の違いは?
    1. 原作|死産後の小畑訪問と兄妹の衝突が中心
    2. 1953年映画版|姉妹の物語と家族の後日談を拡張
    3. 1972年ドラマ版|兄妹の心情を和解へ近づける
    4. 2018年ドラマ版|桃子は妊娠中ではなく流産後
  6. 室生犀星は『あにいもうと』で何を描いたのか?
    1. もんはなぜ小畑を殴った兄へ怒ったのか
    2. 兄妹の罵声は、理解し合っている証明ではない
    3. 川の流れと止まった家族
  7. まとめ|『あにいもうと』原作は他人の痛みを所有する怖さを描く
  8. よくある質問
    1. 『あにいもうと』の原作者は誰ですか?
    2. 原作で兄の暴力がもんの流産を引き起こしたのですか?
    3. 2018年ドラマ版で桃子は妊娠中ですか?

室生犀星『あにいもうと』の原作とは?

『あにいもうと』は、室生犀星が1934年7月に『文藝春秋』で発表した短編小説です。

1935年に山本書店から刊行された作品集『神々のへど』に収録され、同年に第1回文芸懇話会賞を受賞しました。室生犀星記念館も、この受賞を作家の年譜に記録しています。

作品の基本情報は次のとおりです。

項目 内容
作品名 あにいもうと
作者 室生犀星
発表 1934年7月
初出 『文藝春秋』
収録作品集 『神々のへど』
単行本刊行 1935年、山本書店
受賞 第1回文芸懇話会賞
主な舞台 多摩川周辺の赤座家
中心人物 もん、兄の伊之、学生の小畑

この小説でまず注意したいのは、映像化作品によって兄の名前や設定が変わっていることです。

百科事典で整理されている原作の表記は、兄が伊之(いの)、妹がもんです。1953年の映画版では兄が伊之吉、1972年と2018年のTBSドラマでは伊之助と表記されています。

この記事では、原作について述べる場合は「伊之」と記します。

映像版を扱う場合だけ、各作品で使用された伊之吉、伊之助、桃子などの名前を明示します。

題名の「あにいもうと」は、漢字なら「兄妹」と書けます。

それをあえてひらがなにしたことで、幼い日の呼び声のような柔らかさと、言葉にできない生々しい肉親関係が同時に立ち上がります。

温かそうに見える題名の内側で、兄と妹は互いの最も痛い場所を知り尽くしています。

僕には、このひらがなの丸みが、家族を包む優しさではなく、逃げようとしても戻ってきてしまう円環のように見えるのです。

『あにいもうと』原作のあらすじは?出来事を時系列で解説

原作の中心となる出来事は、妊娠中のもんが実家へ戻る場面ではありません。

物語の重要な局面では、もんはすでに小畑の子を死産したあとであり、家を留守にしている間に小畑が赤座家を訪ねてきます。

映像版の筋と混同しないため、原作の流れを順番に整理します。

  • 多摩川周辺で川仕事を営む赤座家には、父・赤座平右衛門、母・りき、長男・伊之、長女・もん、次女・さんがいる
  • もんは奉公先で学生の小畑と関係を持ち、妊娠する
  • 小畑との関係は途切れ、もんは子どもを死産する
  • もんが留守のとき、長く姿を見せなかった小畑が赤座家を訪れる
  • 父の赤座は小畑に怒りを覚えるが、殴る気にもなれずに帰す
  • 帰途の小畑を兄の伊之が見つけ、妹を傷つけた相手として殴る
  • 帰宅したもんは、その事実を知って兄につかみかかる
  • 兄妹は相手の弱点をえぐるように激しく罵り合う

この流れは、日本大百科全書と世界大百科事典の解説でも共通しています。もんの死産は、伊之が小畑を殴るより前に起きており、伊之の暴力が流産や死産を引き起こしたという因果関係はありません。

もんは小畑との子を死産している

もんは、奉公先で出会った学生・小畑の子を身ごもります。

しかし、小畑との関係は続かず、子どもは死産となりました。もんは恋人と子どもの両方を失い、その後の暮らしも荒れていきます。

ここで見落としてはいけないのは、もんが単に「奔放な女性」として描かれているわけではないことです。

彼女の荒れた態度の背後には、妊娠、相手の不在、子どもの死、家族から向けられる視線が重なっています。

傷口を説明する言葉を持たないまま、もんは先に相手を傷つけることで、自分の弱さを隠そうとしているように見えます。

夜の道でハンドルを強く握りすぎれば、わずかな振動まで腕へ返ってきます。

もんの荒々しい言葉もまた、誰かを攻撃するためだけではなく、壊れかけた自分を支えるための力だったのではないでしょうか。

小畑がもんの留守中に赤座家を訪ねる

小畑は、もん本人ではなく、彼女が留守にしている赤座家を訪ねます。

そこには父の赤座と母のりきがいました。

赤座は、娘を妊娠させながら十分な責任を取らなかった小畑に怒りを向けます。しかし、目の前の小畑を見て、殴る気にもなれないまま帰します。

この場面には、父親の寛容さというより、怒りの行き場を失った虚しさがにじんでいます。

殴ったところで子どもは戻らず、もんが受けた傷も消えません。

小畑を罰することと、娘を救うことは同じではない。

赤座は理屈として理解していたわけではないでしょう。それでも、目の前の頼りない青年を殴ることの空しさを、身体で感じ取ったのだと思います。

伊之が小畑を殴る

父が小畑を帰した一方で、兄の伊之は引き下がりません。

石職工としての腕を持ちながら、自身も女性関係の問題が絶えない人物である伊之は、妹を傷つけた小畑を殴ります。

伊之の行動は、単純な「妹思いの立派な兄」としては読めません。

自分も決して品行方正ではないのに、妹の相手には厳しい責任を求めるからです。

小畑を殴る行為には、妹への情愛だけでなく、男としての面子、家族を守る者としての自己像、自分だけが妹の痛みを理解しているという思い上がりも混じっています。

伊之は、もんの代わりに怒ったつもりだったのでしょう。

しかし、もんは兄に復讐を頼んでいません。

この食い違いが、物語を兄と小畑の争いではなく、兄と妹の衝突へ変えていきます。

もんが兄につかみかかる

帰宅したもんは、小畑が訪ねてきたことを知ります。

さらに伊之が小畑を殴ったと聞くと、兄につかみかかり、激しい言葉を浴びせます。伊之も言い返し、兄妹の感情は制御を失っていきます。

ここが原作の核です。

もんは小畑との関係を元に戻したいから、兄を責めたとは限りません。

小畑に傷つけられたことと、兄が勝手に小畑を罰することは、彼女にとって別の問題だったのではないでしょうか。

自分の傷をどう受け止めるかは、自分で決めたい。

もんの怒りには、そんな切実な自己決定の感覚が込められているように僕は感じます。

※画像はAIによるイメージ

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原作の登場人物は?赤座家と小畑の関係

『あにいもうと』は、多くの登場人物が入り乱れる小説ではありません。

限られた家族と一人の学生を濃密にぶつけることで、肉親の愛情、怒り、世間体、男女の力関係を浮かび上がらせています。

もん|自分の傷を兄に所有させない妹

もんは赤座家の長女です。

奉公先で小畑の子を妊娠したものの、その関係は破綻し、子どもを死産します。百科事典では、その後のもんは生活を崩している人物として説明されています。

もんには、被害を受けたか弱い女性という一面だけでなく、家族を激しく罵り返す攻撃性があります。

しかし、その荒々しさを「性格の悪さ」だけで片づけると、作品の痛みを見失います。

彼女は小畑に裏切られたうえ、自分の妊娠や死産を家族の問題として扱われます。

兄は妹の名誉を守ろうとしますが、その行為によって、もんは再び自分の人生を他人に決められたと感じたのかもしれません。

愛されることと、人生を握られることは違います。

もんは兄の愛情を知っているからこそ、その愛情が支配へ変わる瞬間を許せなかったのでしょう。

伊之|妹への情を暴力へ変える兄

原作の兄は伊之です。

石職工として腕を持つ一方、女性をめぐる問題が絶えない人物として描かれています。

伊之は、妹を傷つけた小畑を許せません。

その怒り自体には、兄として理解できる部分があります。

ただし、伊之はもんの意志を確かめず、自分が妹の代わりに制裁する資格を持っていると考えます。

そこには、妹を一人の独立した人間として見るよりも、「自分が守るべき妹」として所有する感覚があります。

僕は、伊之の最大の問題は怒ったことではなく、自分の怒りを妹の望みだと決めつけたことだと考えます。

大切な人のためにアクセルを踏んだはずが、本人の望む道から遠ざかっていく。

伊之はまさに、愛情の進路を誤った人物です。

小畑|謝罪しても責任から逃れられない学生

小畑は、もんが奉公先で関係を持った学生です。

もんを妊娠させたあと十分な責任を果たさず、子どもが死産したのちに赤座家を訪ねます。

小畑は、物語のなかで分かりやすい悪人として暴れ回る人物ではありません。

むしろ、赤座家の野性的な人々と比べて弱々しく、場違いな存在に見えます。

だからこそ、この人物は厄介です。

露骨な悪意がなくても、決断を避け、時間を置き、相手を一人にした結果として、人を深く傷つけることがあります。

小畑の訪問は謝罪のためだったとしても、もんが経験した妊娠と死産を帳消しにはできません。

頭を下げることは責任の始まりにはなっても、責任の完了にはならないのです。

父・赤座平右衛門|殴らないことを選んだ人夫頭

父の赤座平右衛門は、多摩川で人夫頭を務めるたくましい人物です。

「赤座の蛇籠」と呼ばれるほど川仕事の技量を知られ、妻のりきと3人の子どもを持っています。

小畑を前にしても、赤座は殴りません。

息子の伊之より温厚だからというより、暴力を振るうことさえ空しくなるほど、すでに事態が取り返しのつかない場所まで進んでいると感じたのでしょう。

激流を相手にしてきた男は、水を殴っても流れを変えられないことを知っています。

僕には、赤座が拳を上げなかった場面が、伊之の暴力以上に重く感じられます。

母・りきと妹・さん|兄妹の外側にいる家族

りきは、赤座家の勘定を取り仕切る柔和な母親です。

さんは、もんの妹にあたります。原作では、家族の中心で爆発する伊之ともんだけでなく、周囲でその怒りを受け止める家族の姿も描かれています。

家庭内で二人が争えば、傷つくのは二人だけではありません。

怒声を聞く母も、兄と姉の間に立つ妹も、その日から同じ空気のなかで暮らさなければならないからです。

家族の争いは、投げた石が一人に当たって終わるものではありません。

波紋は食卓へ、仕事へ、別のきょうだいの将来へと広がっていきます。

※画像はAIによるイメージ

『あにいもうと』原作の結末は?兄妹は和解したのか

原作には、兄妹が涙を流して抱き合うような、分かりやすい和解はありません。

小畑を殴った伊之に対し、もんがつかみかかり、兄妹が激しく罵り合う場面に物語の力が集中しています。百科事典の解説も、この衝突を作品の中心として要約しています。

重要なのは、兄妹が完全に憎み合っているわけではないことです。

伊之は妹を大切に思うから、小畑を殴りました。

もんは兄の情を知らないから怒ったのではなく、兄の情が自分の意思を踏み越えたから怒ったのです。

つまり二人の衝突は、愛情の有無をめぐる争いではありません。

愛情があるなら、どこまで相手の人生に介入してよいのか。

その境界をめぐる争いです。

もんが小畑をかばったように見えることも、この作品を複雑にしています。

小畑は彼女を傷つけた人物です。それでも、伊之が一方的に殴れば、もんのなかに残っていた小畑との記憶まで兄に踏みにじられます。

憎んでいる相手であっても、誰にどう罰されるかを他人に決められたくないことがあります。

終わった恋であっても、自分の人生の一部だった事実までは奪われたくありません。

もんが守ろうとしたのは、小畑本人というよりも、小畑を愛した過去を含む自分自身だったのではないでしょうか。

ここに『あにいもうと』ならではの新しい読み方があります。

この物語は、兄が妹のために復讐する話ではありません。

妹の痛みを、兄が勝手に自分の怒りへ変換してしまう話です。

伊之は「もんのため」と信じて小畑を殴りました。

しかし、その瞬間にもんの傷は、本人のものではなく、兄の正義を証明する道具へ変えられてしまいます。

だからもんは怒った。

兄が嫌いだったからだけではなく、自分の痛みを自分へ返してほしかったからです。

※画像はAIによるイメージ

原作と1953年・1972年・2018年版の違いは?

『あにいもうと』は、映画やテレビドラマとして何度も映像化されてきました。

TBS公式も、時代とともに変化する家族像を映してきた作品だと紹介しています。室生犀星記念館も、『あにいもうと』を犀星作品のなかで特に多く舞台化、映画化、ドラマ化された作品として位置づけています。

ただし、映像版のあらすじを、そのまま原作の筋として扱うことはできません。

原作|死産後の小畑訪問と兄妹の衝突が中心

原作では、もんの子どもはすでに死産しています。

小畑がもんの留守中に赤座家を訪れ、その帰りに伊之が小畑を殴り、事実を知ったもんが兄へ激しく反発するという流れです。

物語の焦点は、「妊娠した妹を家族がどう迎えるか」だけではありません。

過去の傷が再び家へ持ち込まれたとき、誰が怒り、誰が許し、誰に復讐する権利があるのかに置かれています。

1953年映画版|姉妹の物語と家族の後日談を拡張

1953年8月19日に公開された成瀬巳喜男監督、水木洋子脚色の映画版では、もんを京マチ子、兄の伊之吉を森雅之、妹のさんを久我美子、小畑を船越英二が演じました。

映画版では、さんの恋愛や結婚問題も大きく扱われます。

もんとさんが一度家を離れ、翌年のお盆に戻ること、伊之吉が小畑を殴った事実を知って再び兄妹げんかになること、そして姉妹がまた家をあとにすることまで描かれています。

この「家を出て、戻り、再び出る」という往復は、家族から完全には離れられない姉妹の感情を映像的に強めたものです。

原作の激しい一場面を核にしながら、成瀬版は家族の時間を前後へ広げています。

1972年ドラマ版|兄妹の心情を和解へ近づける

1972年のTBS『日曜劇場』版では、山田洋次が脚本、石井ふく子がプロデューサーを担当し、渥美清が伊之助、倍賞千恵子がもんを演じました。

TBS公式の紹介では、もんは小畑の子を身ごもって捨てられたあと家を出て、水商売をするようになっています。

小畑が謝罪に訪れ、伊之助が帰り道で待ち伏せして殴ったことから兄妹げんかになりますが、互いの心の内は理解し合っているという構成です。

原作にあるむき出しの愛憎を残しつつ、テレビドラマとして兄妹の内面にある優しさを、より見えやすくした翻案といえるでしょう。

2018年ドラマ版|桃子は妊娠中ではなく流産後

2018年6月25日に放送されたTBSドラマ特別企画版では、大泉洋が兄の伊之助、宮﨑あおいが妹の桃子を演じました。

舞台は東京下町の工務店へ移され、桃子は大型トラックの運転手として働いています。

ここで正確に押さえたいのは、桃子が家族へ告げるのは妊娠ではなく、恋人との子を流産した事実だという点です。

相手のことを話そうとしない桃子に伊之助が激怒し、桃子を殴ります。桃子は反発して兄の腕にかみつき、翌日に家を出ていきます。

その半年後、父・忍の古希祝いを口実に桃子が帰宅し、元恋人の小畑裕樹が赤座家を訪れます。

TBSは2018年版について、1972年版にはなかった「もう一つの結末」を描く作品だと説明しています。

したがって、2018年版の結末や設定を原作の結末として紹介するのは正確ではありません。

兄の職業、妹の名前と仕事、父母の設定、時間の経過、恋人との関係、最終的な家族の着地点まで、現代の視聴者に届く形へ大きく再構成されています。

※画像はAIによるイメージ

室生犀星は『あにいもうと』で何を描いたのか?

ここからは、事実関係を踏まえた僕なりの考察です。

室生犀星が描いたのは、単純な兄妹愛ではなく、他人の苦しみを自分の正義に変えてしまう危うさだったのではないでしょうか。

伊之は、小畑に傷つけられたもんを不憫に思っています。

ところが、もんへ「どうしてほしい」と尋ねる前に、小畑を殴ります。

聞くより先に行動する。

寄り添うより先に裁く。

伊之の愛情は熱いのですが、相手の意思が入る余白を持っていません。

一方の父・赤座は、小畑を殴りません。

彼は模範的で優しい父親ではなく、荒々しい川師です。それでも、目の前の相手に拳を振るっても、娘の失ったものは戻らないと感じています。

伊之と赤座の差は、怒りの強さではないでしょう。

怒りを行動へ変えれば何かが救われると信じるか、それとも救えない現実を引き受けるかの違いです。

伊之は、殴ることで兄としての役割を果たそうとします。

赤座は、殴れない自分の無力さを抱えたまま、その場に立っています。

僕には、後者のほうがずっと苦しい選択に見えます。

もんはなぜ小畑を殴った兄へ怒ったのか

小畑は、もんを傷つけた人物です。

その小畑を兄が殴ったのなら、表面的には「自分のために復讐してくれた」と感謝してもよさそうに見えます。

しかし、もんは兄につかみかかりました。

ここには、恋愛感情だけでは説明できない怒りがあります。

もんにとって小畑との出来事は、自分の身体で経験し、自分の子どもを失った、誰にも代われない記憶です。

伊之が小畑を殴った瞬間、その記憶は「兄が妹のために怒った物語」へ塗り替えられます。

本来、中心にいるべきなのはもんです。

ところが兄が暴力を振るうことで、物語の主役が傷ついた妹から、怒れる兄へ入れ替わってしまいます。

現代でも似たことは起こります。

つらい経験を打ち明けた人に対し、周囲が本人以上に怒り、相手を責め、本人が望んでいない行動まで始めてしまうことがあります。

それは一見、力強い味方に見えるでしょう。

けれど、本人の意思を置き去りにした瞬間、支援は別の支配になり得ます。

『あにいもうと』は、相手のために怒ることの美しさだけでなく、その怒りが相手の声を消してしまう危険まで描いているのです。

兄妹の罵声は、理解し合っている証明ではない

伊之ともんは、互いをよく知っています。

だからこそ、相手が最も傷つく言葉も知っています。

兄妹が激しく罵り合う姿を「本当は仲がよいから」「愛情の裏返しだから」とだけ解釈すると、暴力や支配を美化する危険があります。

愛情があることと、行為が許されることは別です。

伊之の妹への情が本物であっても、小畑を殴ったことが、もんの意思を尊重した行動になるわけではありません。

また、もんが兄の思いを理解していたとしても、罵倒し合う関係が健全になるわけでもありません。

室生犀星が作品のなかへ残したのは、「家族だから最後には分かり合える」という安心ではないでしょう。

むしろ、分かり合っていると思い込むことが、相手の言葉を聞かなくなる原因になるという恐ろしさです。

「妹のことは俺が一番分かっている」

伊之がそう信じれば信じるほど、もん本人の声は必要なくなっていきます。

近さは、理解を深めることもあります。

同時に、確認する手間を省かせ、思い込みを強くすることもあるのです。

川の流れと止まった家族

原作の舞台となる赤座家は、多摩川の川仕事と結びついています。

父の赤座は人夫頭で、蛇籠を扱う技量を知られた人物です。

川は絶えず流れます。

昨日と同じ水が、今日も目の前にあるわけではありません。

それに対し、赤座家の感情は動きません。

小畑が去っても、子どもが亡くなっても、時間が経過しても、もんの傷と伊之の怒りは家庭のなかへ残ります。

流れていく川のそばで、家族だけが過去に足を取られている。

僕は、この対比に『あにいもうと』の深い閉塞感を覚えます。

人生は前へ進んでいるように見えても、言葉にできなかった記憶は同じ場所を回り続けます。

家族に必要なのは、過去を忘れることではありません。

誰の痛みなのかを確かめ、本人の言葉で語り直せる場所をつくることです。

伊之が拳を下ろし、もんの話を最後まで聞いていたら、二人の関係は違う方向へ流れ始めたかもしれません。

まとめ|『あにいもうと』原作は他人の痛みを所有する怖さを描く

室生犀星『あにいもうと』は、1934年に発表され、1935年の作品集『神々のへど』に収録された短編小説です。

同年に第1回文芸懇話会賞を受賞し、室生犀星の作風の転機となった記念碑的作品として評価されています。

原作の時系列で重要なのは、もんの子どもがすでに死産している点です。

もんの留守中に小畑が赤座家を訪れ、父の赤座は殴らずに帰します。その後、兄の伊之が小畑を殴り、事実を知ったもんが兄につかみかかります。

したがって、「兄の暴力によってもんが流産した」という説明は正確ではありません。

また、2018年版の桃子も妊娠中ではなく、流産した事実を家族へ打ち明ける設定です。

『あにいもうと』の核心は、愛しているか、憎んでいるかという二択にはありません。

伊之は妹を愛しています。

しかし、その愛情によって、自分が妹の代わりに怒り、裁き、傷を引き受けられると考えてしまいます。

もんが拒絶したのは、兄の情そのものではなかったのでしょう。

自分の痛みを、兄の正義に利用されることでした。

誰かを守りたいと思ったとき、僕たちはすぐにハンドルを奪ってはいないでしょうか。

相手が進みたい道を聞かず、自分が正しいと思う方向へ車体を向けてはいないでしょうか。

本当に人を思うなら、拳を上げるより前に、言葉を止めて聞かなければならないことがあります。

川の水は流れても、言えなかった思いは家のなかに残ります。

室生犀星が描いた兄と妹の怒声は、遠い昭和の河原から、今を生きる僕たちへ問いかけています。

愛するとは、相手の代わりに戦うことなのか。

それとも、相手が自分の声で選び直すまで、隣で待つことなのか。

読み終えたあとも、その問いだけは水底の石のように、僕の胸へ静かに残り続けています。

よくある質問

『あにいもうと』の原作者は誰ですか?

原作者は室生犀星です。1934年7月に『文藝春秋』で発表され、1935年刊行の『神々のへど』に収録されました。

原作で兄の暴力がもんの流産を引き起こしたのですか?

いいえ。原作では、もんは小畑の子をすでに死産しており、その後に小畑が赤座家を訪れ、兄の伊之が小畑を殴ります。死産と兄の暴力を直接結びつける筋ではありません。

2018年ドラマ版で桃子は妊娠中ですか?

妊娠中ではありません。TBS公式のあらすじでは、桃子は恋人との子を流産した事実を家族へ打ち明けます。相手について話さない桃子に兄の伊之助が激怒し、兄妹げんかへ発展します。

文・岸本 湊人

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