東野圭吾さんの小説『雪煙チェイス』は、「せつえんチェイス」と読みます。雪煙の立つゲレンデで、証人・容疑者・事件の真相を追う物語です。
作者本人による命名理由は、確認できた公式資料では明かされていません。そこで本記事では、公式書誌や作者対談で確認できる事実と、作品内容に基づく僕の考察を分けて解説します。
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『雪煙チェイス』の読み方は「せつえんチェイス」
『雪煙チェイス』の作品名としての読み方は、「せつえんチェイス」です。
出版社が提供した書誌情報を掲載する版元ドットコムでは、2016年刊行版が「雪煙チェイス(セツエンチェイス)」、新装版が「雪煙チェイス 新装版(セツエンチェイスシンソウバン)」と登録されています。
言葉ごとに分けると、次のようになります。
- 雪煙:せつえん
- チェイス:英語の「chase」で、追跡や追いかけること
- 作品名全体:せつえんチェイス
ここで迷いやすいのが、「雪煙」を「ゆきけむり」と読まないのかという点です。
一般名詞としての「雪煙」には、「ゆきけむり」という読み方もあります。小学館『デジタル大辞泉』などの国語辞典では、積もった雪が風や滑走によって煙のように舞い上がる現象を表す言葉として扱われています。
つまり、「ゆきけむり」という日本語そのものが間違っているわけではありません。
ただし、東野圭吾さんの作品名については、公式書誌で「セツエンチェイス」と確認できます。検索や書店で作品を探す場合も、「せつえんチェイス」と覚えておくのが確実です。
読み方だけを知りたかった方への答えは、ここまでで十分です。
そのうえでタイトルの意味まで知ると、作品が始まる前から、白いゲレンデで交差する複数の追跡が見えてきます。

「雪煙」とは何?タイトルを構成する言葉の意味
「雪煙」とは、積もった雪が風に吹き上げられたり、スキーやスノーボードの滑走によって舞い上がったりする様子を表す言葉です。
細かな雪が空中へ広がる光景は、遠くから見ると白い煙のように見えます。
スキー場で滑走者が急なターンをすると、板の後方から雪が大きく巻き上がります。とくに柔らかな雪の上では、人物の背中を追うように白い尾が伸び、進んだ軌跡を一瞬だけ空中へ残します。
一方、「チェイス」は、英語で追跡や追走を意味する言葉です。
したがって、『雪煙チェイス』を言葉どおりに捉えると、雪煙の立つ場所で繰り広げられる追跡という意味になります。
- 雪煙:雪山の風景と高速の滑走
- チェイス:人や手がかりを追う行為
- 雪煙チェイス:雪山を舞台にした追跡と捜索
この組み合わせが巧いのは、「雪山」と「追跡」を別々に説明せず、一つの映像として想像させる点です。
静かに雪が積もっているだけでは、雪煙は起こりません。風が吹くか、誰かが雪面を走り抜けることで、初めて白い煙が立ち上がります。
つまり「雪煙」という言葉自体に、すでに速度と移動の気配が含まれているのです。
さらに、雪煙には二つの相反する性質があります。
一つは、誰かがそこを通過したという痕跡を残すこと。もう一つは、舞い上がった雪によって、その人物の姿や進行方向を見えにくくすることです。
近くにいるはずなのに、はっきりとは見えない。
追いつけそうなのに、白い幕の向こうへ消えてしまう。
この感覚は、わずかな情報から証人を捜し、事件の真相へ近づこうとする『雪煙チェイス』の物語とよく重なります。
僕はこのタイトルを目にしたとき、雪の美しさより先に、消えかけた痕跡を追う焦りを感じました。
雪煙は進んだ証拠でありながら、真相を隠す幕でもあります。その二面性があるからこそ、単なる「雪山チェイス」よりも、物語の不確かさまで伝わってくるのでしょう。

『雪煙チェイス』の意味は物語とどうつながる?
『雪煙チェイス』は、殺人事件の容疑をかけられた大学生・脇坂竜実が、自分のアリバイを証明できる女性スノーボーダーを捜す物語です。
実業之日本社の公式紹介では、竜実の無実を証明できるのは、事件当日にスキー場で出会った女性ただ一人だと説明されています。
しかし、竜実は彼女の詳しい身元や居場所を知りません。
限られた記憶を頼りに広大なゲレンデを捜さなければならない一方、警察は竜実を容疑者として追います。所轄刑事の小杉も動き出し、複数の人物の目的が雪山で交差していきます。
タイトルの「チェイス」には、少なくとも三つの追跡が含まれていると考えられます。
- 脇坂竜実が、アリバイを証明できる女性を捜す
- 刑事の小杉らが、容疑者とされた竜実を追う
- 登場人物と読者が、事件の真相を追う
本作の大きな特徴は、追われる竜実が、同時に誰かを追う人物でもあることです。
警察の視点では、竜実は確保すべき容疑者です。しかし、竜実自身の視点に立てば、身に覚えのない容疑から逃れ、失われかけた日常を取り戻そうとする当事者です。
彼は警察から逃げ続けるだけでは無実を証明できません。
女性スノーボーダーを見つけ、事件当時の行動を証言してもらう必要があります。逃げることと追うことが同時に進むため、一般的な刑事と容疑者だけの追跡劇とは異なる緊張が生まれます。
ここに、『雪煙チェイス』という題名の意味が最も鮮明に表れています。
雪山という舞台が追跡を難しくする
雪山は広く、似たような服装の人が多いうえ、天候や視界も変化します。
通常の街中であれば、住所や交通記録などを手がかりに人物を追える場合があります。しかし、竜実が捜す女性について知っているのは、スキー場で出会ったときの限られた情報です。
白い斜面に残る滑走跡も、人が通るたびに重なります。
雪が降れば痕跡は薄れ、風が吹けば表面は変わる。作品の舞台そのものが、手がかりの消えやすさを強調しているのです。
複数の「追う」が同時に走っている
本作では、全員が同じ目的で走っているわけではありません。
竜実は証人を捜し、警察は竜実を追い、事件の関係者はそれぞれ異なる情報を抱えています。誰かにとっての正しい方向が、別の人物にとっても正しいとは限りません。
ゲレンデに複数の滑走跡が刻まれるように、物語にも複数の追跡線が走っています。
その線が近づいたり離れたりしながら、やがて事件の核心へ収束していく。この構造を短い言葉で示しているのが「チェイス」だと、僕は考えます。
消えやすい手がかりを追う物語
竜実が捜すのは、住所も連絡先も明確な知人ではありません。
偶然スキー場で出会った女性であり、彼女の存在そのものが無実を証明する重要な鍵になります。
雪煙は、誰かが近くを通ったことを示します。しかし、その形は長く残らず、すぐに風景へ溶けていきます。
竜実が追う証言も、それとよく似ています。
確かに存在するはずなのに、急がなければ見失う。近づくほど期待は高まりますが、決定的な証拠を得るまでは安心できません。
雪煙、証人、真相の三つはいずれも、見えそうで完全には見えない存在です。
この共通点が、作品に独特の疾走感を与えています。

東野圭吾が語った雪山シリーズの共通点
タイトルを読み解くうえで重要なのが、作者・東野圭吾さん自身による雪山シリーズの説明です。
実業之日本社の特設企画「東野圭吾 雪山祭り」に掲載された東野圭吾さんと上村愛子さんの対談では、シリーズの三作品に共通して、何かを捜す物語を意識していたことが語られています。
捜索対象は、作品ごとに次のように変化しました。
- 『白銀ジャック』:爆弾
- 『疾風ロンド』:生物兵器
- 『雪煙チェイス』:人
前二作で捜されるのは、危険ではあっても意思を持たない物です。
一方、『雪煙チェイス』で竜実が捜すのは人間です。人は移動し、予定を変え、別の誰かと出会います。見つけるためには、場所だけでなく、人と人とのつながりをたどらなければなりません。
捜索対象が「物」から「人」へ変わったことで、追跡の意味も変化しました。
地図上の一点へ到着すれば終わるのではなく、相手に会い、記憶を確かめ、証言を得る必要があります。物理的な距離だけでなく、信頼へたどり着くまでの距離も描かれているのです。
東野さんは同対談で、同じことを繰り返すのではなく、前作までとは雰囲気や状況を変えたかったという趣旨も語っています。
その変化が、『雪煙チェイス』を単なる雪上アクションではなく、人との接点が運命を左右する物語にしています。
なお、雪山作品の数え方には注意が必要です。
実業之日本社の著者紹介では、ゲレンデを舞台にした作品として『白銀ジャック』『疾風ロンド』『恋のゴンドラ』『雪煙チェイス』が挙げられています。
ただし、作者対談で「雪山三部作」として扱われているのは、次の三作品です。
1. 『白銀ジャック』
2. 『疾風ロンド』
3. 『雪煙チェイス』
『恋のゴンドラ』も雪山を舞台にした関連作ですが、公式対談で示されたサスペンス三部作とは分けて整理するのが分かりやすいでしょう。
したがって、『雪煙チェイス』は、東野圭吾さんの雪山サスペンス三部作を締める第3作と説明できます。
タイトルの公式な由来は?確認できる事実と僕の考察
実業之日本社の公式書籍ページ、版元ドットコムの書誌、実業之日本社の特設企画に掲載された作者対談を確認した範囲では、東野圭吾さん本人が「この理由で『雪煙チェイス』と名付けた」と説明した文章は見つかりませんでした。
公式に確認できるのは、主に次の内容です。
- 作品名の読み方は「せつえんチェイス」
- 物語の中心は、竜実による女性スノーボーダー捜し
- 刑事の小杉らが、容疑者とされた竜実を追う
- 雪山三部作には「何かを捜す」という共通の軸がある
- 本作では、シリーズで初めて人が主な捜索対象になった
一方、次の内容は作品設定から導いた僕の考察です。
- 「雪煙」は雪山という舞台を示している
- 「チェイス」は証人捜しと容疑者追跡の両方を表している
- 消えやすい雪煙は、限られた手がかりの不確かさを象徴している
事実と考察を分けておくことは、作品を深く味わううえでも大切です。
作者が明言していない命名理由を「公式の由来」と断定してしまえば、魅力的な解釈であっても誤情報になりかねません。
そのため本作のタイトルは、公式あらすじと作者対談を土台に意味を考察するのが誠実な読み方だと僕は思います。

僕が考える『雪煙チェイス』という題名の強さ
僕がこのタイトルで最も優れていると感じるのは、誰の「チェイス」なのかを一つに固定していない点です。
竜実の視点では、無実を証明してくれる女性へたどり着くための追跡です。
小杉ら警察の視点では、容疑者を確保するための追跡です。
読者の視点では、複数の情報から事件の真相を見極めるための追跡です。
同じ「チェイス」という言葉でも、立場によって目的と意味が変わります。
しかも、それぞれの追跡は独立しているのではなく、雪山で交差します。証人を捜す竜実へ警察が近づき、警察の捜査が新しい情報を生み、その情報によって事件の見え方も変化していきます。
もう一つの強みは、「雪煙」が舞台説明だけにとどまらないことです。
雪煙には、雪山、高速の滑走、残された痕跡、遮られる視界という複数の意味を重ねられます。
- 舞台:雪に覆われたゲレンデ
- 動き:滑走者が生む速度
- 痕跡:誰かが通過した証拠
- 不確かさ:白く遮られた視界
この四つが、竜実の置かれた状況と一対一でつながっています。
彼は雪山を移動し、時間に追われながら証人を捜します。女性の存在は無実を示す手がかりですが、居場所は分かりません。そして、警察が持つ情報だけでは事件の全体像が見えていません。
タイトルを読むだけで、舞台、速度、捜索、不確かさまで伝わる。
僕はそこに、東野圭吾作品らしい設計の鋭さを感じます。
また、「せつえん」という音には、「ゆきけむり」より短く引き締まった印象があります。
これは語感に関する僕の主観ですが、「せつえんチェイス」と声に出すと、冷たい空気を切るような硬さが残ります。柔らかな雪景色よりも、時間のない追跡劇を思わせる響きです。
ただし、タイトルの魅力は速さだけではありません。
竜実が追っているのは、自分を救ってくれる可能性です。警察が追っているのは、事件を解決するための容疑者です。両者とも真実へ近づこうとしているのに、持っている情報と見えている景色が違います。
人生でも、同じ出来事を見ながら、立つ場所によって正反対の判断をしてしまうことがあります。
雪煙の向こうにいる相手が敵なのか、味方なのか。それは視界が晴れるまで分かりません。
本作のタイトルは、追跡の速さだけでなく、限られた情報で誰かを信じる難しさまで包み込んでいるのではないでしょうか。
確認した主な資料
本記事では、次の資料に記載された書誌、作品紹介、作者発言を参照しました。確認日は2026年7月30日です。
- 実業之日本社公式書籍ページ『雪煙チェイス』
- 版元ドットコム『雪煙チェイス』書誌情報
- 実業之日本社「東野圭吾 雪山祭り」特設企画
- 同企画内「東野圭吾×上村愛子」対談
- 小学館『デジタル大辞泉』「雪煙」項目
- 実業之日本社公式著者プロフィール「東野圭吾」
公式資料から確認できない命名理由については断定せず、作品のあらすじと作者が語ったシリーズ構成をもとに考察しています。
まとめ|『雪煙チェイス』は「せつえん」と読む
東野圭吾さんの小説『雪煙チェイス』は、「せつえんチェイス」と読みます。
一般名詞の「雪煙」には「ゆきけむり」という読み方もありますが、作品の公式書誌では「セツエンチェイス」と登録されています。
「雪煙」は雪が煙のように舞い上がる現象、「チェイス」は追跡や追走を意味する言葉です。
物語では、殺人容疑をかけられた脇坂竜実がアリバイを証明できる女性を捜し、刑事の小杉らが竜実を追います。さらに読者も、限られた情報から事件の真相を追うことになります。
作者対談によると、雪山三部作には「何かを捜す」という共通点があり、『白銀ジャック』では爆弾、『疾風ロンド』では生物兵器、『雪煙チェイス』では人が捜索対象になりました。
作者本人による題名の命名理由は、確認できた公式資料では明かされていません。
それでも、雪山という舞台、複数の追跡、消えやすい手がかりという三つの要素を重ねると、『雪煙チェイス』は作品の構造を的確に表したタイトルだと考えられます。
雪煙は、誰かがそこを通った証拠を残しながら、同時にその姿を隠します。
その白い幕の向こうで追われる者が誰かを追い、異なる目的を持つ人々が同じ真実へ近づいていく。僕の胸に残ったのは、派手な疾走だけではなく、消えかけた一筋の痕跡を信じて進む人々の姿でした。
よくある質問
『雪煙チェイス』は何と読みますか?
「せつえんチェイス」と読みます。版元ドットコムの書誌でも「セツエンチェイス」と登録されています。
「雪煙」は「ゆきけむり」とも読みますか?
一般名詞では「ゆきけむり」という読み方もあります。ただし、東野圭吾さんの作品名は「せつえんチェイス」です。
『雪煙チェイス』は雪山シリーズの何作目ですか?
『白銀ジャック』『疾風ロンド』に続く、雪山サスペンス三部作の第3作です。『恋のゴンドラ』はゲレンデを舞台にした関連作として分けて整理されます。
— 岸本 湊人
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